兎の角


「あんたの、仕業だろ」


一晩明けて、初夜の後初めて迎えた朝。

愛の語らいを終え甘い雰囲気を醸し出しながらルークの肩を抱き部屋を出た際にうっかり女性陣に見つかり、

恥じらうルークの姿に『事を致した』ことがすっかりばれ、一通り袋叩きにされた後。

そのガイの無残な様を心から楽しそうな笑みを浮かべつつ見守っていた陰険眼鏡軍人をガイは捕まえ、

事の発端に当たるあの飲料について問い詰めた。



「何のことでしょう?」

「とぼけるな。ルークに渡したあのホットミルクに、何か仕込んだんだろう」

催淫作用がある薬とか。

続いたガイの言葉にジェイドは肩をすくめた。そうして首を左右に振り、否定を示す。

「心外ですねぇ。大人の私がお子様にそんな如何わしい異物の入ったものを渡すはずがないじゃないですか」

「あんたなら、やりかねない。いいかげん本当のことを吐いたらどうだ、旦那?」

酷く傷つきましたなどと、微塵も感じていないであろう言葉を吐き、おどけた態度を示すジェイドにガイの癇に障り、

遂には軍服の胸倉に手を伸ばさせた。

「このへんにしといたほうがいいぜ?賢いあんたには、分かるだろう」

もはや殺気を含んだガイの怒りに、一息つくとジェイドは観念したように両手を碧眼の前に出した。

「分かりました。本当のことをいいますよ。…しかし誓って私は媚剤など入れてませんよ」

「じゃあ何でルークはあんな状態に!!」

女で更には子供であるルークが、理性で抑えきれぬ程の情欲が身体を満たし、性の衝動に駆られあんな行動を起こしたのだ。

あんな状態のルークは見たことがないし、これからも見ることはなかったはずなのである。

それにもかかわらず、男を欲しあんなことをしでかした。

もはや、何か外的な操作があったとしか思えない。

「何もしていない…なんてことを言うんじゃないだろうな?」

「何もしていなくはないのでしょう、結果的には。しかしあれは事故ですよ。

まさかあんな作用がルークにもたらされるとは露ほども思いませんでしたし」

「…?あんた、何が言いたい」

この男が要点を得ず、曖昧な口調で話す時は大抵自分で確信を持てない類のもののことを語っている。

だがしかし、その確信の持てない話の正答率は十中八九以上の確率でこの世の真理だ。

つまりは、正解に限りなく近い。

ガイはゆっくりとした口調で先を促した。

「あのホットミルクは、誰のものであったか覚えていますか?」

「誰のって…元は、あんたのだろ…?」

「ええ。私のものでした。昨夜は眠りが浅くどうにも休めなかったものですから、

宿の方にお願いして厨房を借りて作らせてもらったんです。つまり、私用のものだったのです」

「……で…?」

「まだ分かりませんか?私はただ甘ったるいだけの飲み物は好まないので、少々大人の隠し味なるものをいつも入れているのですよ」

「ま、まさか……」


まるでガイの引き攣った顔に続く言葉が書いてあるかのように、ジェイドはガイの思考に肯定の頷きを返し、怪しく笑んだ。

その様があまりにも魔性のそれを彷彿させ、思わずガイはジェイドの胸元を取っていた手を放し、二、三歩後ずさった。

そんな男の態度を見ながら服の皺を直すジェイドの様は大変楽しげなものであった。

「まさか、本当に…酒…なのか…?」

「ええ、もちろん。ブランデーと言う名の酒ですよ」

正解ですとガイの答えに、及第点と言わんばかりに満足気に笑みながら答えを示す。

「でも…そんな普通の酒であんな状態に……」

「なってしまうものなんですねぇ。いやいや、人体とは不思議なものですから、在り得ないとは言い切れない。

しかも子供は何をしでかすか分らない。全く恐ろしいことです」

それで処女喪失とは世の中物騒な事になってきましたね。

とあまりに自然に第三者の言葉がつらつらと出て来るものだから、

ガイは一瞬「ああ…」などと返事をしてしまいそうになり、激しく頭を振った。

「元はと言えば、あんたのせいだろ!!」

「一慨にそうとは言えないでしょう。保護者の監督不行届もあると思われますよ?」

ああ言えば、こう言う。この男に口で勝つには人生経験が足らなさ過ぎると感じ、ガイは引き際を悟った。



「とにかく。後輪際、ルークにそんなもの渡すなよな。旦那」

「あなたこそ、彼女の使用人…いえ、今は恋人ですか?なら尚更彼女から目を離さぬことです。お酒なんかどこでも手に入るし、

いつ口にするか分かったものではありませんから」

「あんたがそれを言うか…」

どこまでも他人事の様に話す男に、いい加減いらぬ疲れを覚え、ガイは背を向けてルークの待つ部屋へと去っていった。



「酒…か……」



途中、口からでた呟きはガイの事の納得の意を示していた。

















「まだまだ青いですねぇ…。もう少し人を疑う事を覚えないと、あの陛下の傍での仕事はきついと思いますよ」

ガイが去った後、誰に言うでもなくジェイドは一人言葉を紡ぐ。

「ふむ、特定の人間だけを求めるとはまだ改良の余地があるようですね」

緋色の視線が落とされた手の中には、薄紅色の半透明の液体が入った華奢な小瓶があった。









こんな事で冗談は言わないだろう。

と、ジェイドの言葉を信じ切ってしまっていたガイは、中々訪れない二度目の夜を欲し、

飲ませた酒に眠りに落ちた据え膳ルークを前にして途方に暮れたとか。












なんか最後に付けた蛇足のせいでガイが最低に…
まあ、ガイだからいいかvv
(ガイ好きな皆さんごめんなさい。)


2008.3.22