雨の季節は、ヒトを少し優しくするのかもしれない。





だから、優しい思い出が出来る。








雨に詠えば








今朝街を出た時には快晴を極めていた天気が嘘の様に、昼過ぎには厚い暗雲が空一面に敷き詰められていた。

予定を早めて街に戻り、宿に入れば案の定。直後に雷鳴を伴う激しい雨が降り出した。

大地に滝の如く降り注ぐ降雨を見て、雨粒に打たれ音を立てる窓硝子を指先で辿った後。

背後を顧みれば、二台のベッドの間に二人分の荷物が無造作に置いてある。

一つは自分のもの。もう一つは今夜も相部屋となったルークのものだ。

そのルークはと言えば、今日は買い出し当番に当たっており、街に着いた途端、俺に荷物を預けて足早に商店街の方へ向かった。

本当は付いて行きたかったのだが、「恥ずかしい」という可愛らしい理由で断られてしまった。

最近、ルークは俺に小さな反抗期を迎えている。

小さな子どもに対する様な過保護な接し方がいけないのか。

それとも、人眼を憚らず手を繋いだり、肩を抱いたりするのがいけないのか。

おそらくは両者なのだろう。俺はそう思い当たっていたが、止めるつもりは皆目無い。

実は今日も断られようが無理矢理にでも付き添おうと思っていたが、ルークが自立しようともがいている事を知っていたし、

この街の治安は安定しているので任せることにしたのだ。

だが、今になってそれが失敗だったことに気付く。

ルークがこの雨に備えて傘を携帯していることはまず考えられない。

更に要領が悪いので、出かけ先で傘を買うという発想が浮かぶとも思えない。

きっと宿に戻って来た時には酷いあり様になっていることだろう。

そう思い到った俺は、暖炉の傍に積まれている薪を取り、小さな火の中にくべた。









「たっ…ただいま…酷い目にあったぜ…」

「……………おかえり…」

数十分後。買い出しを何とか終えて部屋に現れたルークの姿は、やはり予想通りのもので。

着ている衣服は水を吸い上から下までぐっしょりと濡れ、肌に張り付いていた。



予測していたが、溜息が禁じえない。



「お前なあ…傘を買おうとか、そういうこと思い付かなかったのか?」

「あ……っ」

取り合えず、今後のアドバイスとして臨機応変の一例を教えてやってみると、やはり考えもしなかったようで。

その手があったか。と、言わんばかりに手で口元を押さえ、大きな目を丸々とさせていた。

「今度から…そうしろな……」

「うん…」

俺の呆れが伝わったのか、ルークは素直に頷いた。そうしてくれと言う様にルークの湿った頭を二度、ぽんぽんと叩く。

そして、俺は取り敢えず水気を拭き取ろうと、タオルを出す為に荷物を漁ったのだが。

「体冷えちまったから、風呂入って来る…」

と、ここで俺はルークに完全な違和を感じた。

ルークはまだ自我が芽生えてなかった頃によく無理矢理風呂に入れられ、その記憶からどちらかと言えば入浴が好きではなかった。

流石に今では風呂に入りたくないなどと駄々を捏ねることはないが、自分から進んで入ることは本当に稀だ。

いつも、俺が入るように促して入浴することが多い。

特に今日の、水気を拭き取り着替えれば体裁を保てるこの状況で言い出すことは、明らかにおかしい。

何か後ろめたいことがあるに違いない。

そう見抜いた俺は、目線だけでルークの様子を窺った。

一見、濡れ鼠になっているところ以外変わった様子は無いように見える。

しかし、買い出しに行った後にしては、明らかにおかしいところがあった。



水を吸い変色したグローブに包まれた手の中にある―――布袋。



普通、買い出しに行った後。購入した物資はアイテムを管理している女性陣にすぐに引き渡すのが慣習だ。

それなのに、道具屋の刻印が入ったそれを持ってこの部屋にいることは、明らかに不自然だった。

「ルーク。ほら、タオル」

「あ、悪ぃ。ありがと……」

俺はルークが警戒しないように、荷物からタオルを取り出し、渡そうと自然な動作で歩み寄った。

さすれば、素直な七歳児はセオリー通り騙されて。

「で?これは一体何なんだ?」

間合いに入った瞬間、俺はルークが後生大事に抱えていた布袋を簡単に片手で取り上げた。

「あっ!だ、駄目だっ!!ガイ、返せよ…っ」

「駄目だ、じゃないルーク。皆の旅費だぞ。無駄遣いは駄目だって、この間ティアに注意されたばかりじゃないか」

大方、私物を皆の旅費で買ったのだろう。それはいけないことだ。俺はそう決め付けた。

そうして久々に出た我儘な行動に、元教育係として諭さなければいけないと使命感に駆られ、説教をしようとした。

「ば…っ…違ぇよっ!とにかく…返せよ!!そんなことしたら…」

「そんなことしたら、どうなるんだ?」

この慌てようから、袋の中身は壊れやすい飴細工の類かもしれない。

「返せっ!返せったら…っ」

尚も必死に食い下がるルークをどうやって諌めようか。そう思案を巡らせた時。







キュウン。







空に高々と上げた麻袋が、『啼いた』のだ。



「………………」

「……っ、…」

急遽、腕に纏わり付いていたルークの必死な腕が解かれる。

俺は重力に従い、腕を下した。そうして予想外の展開に呆然としながらも、徐に『うごめく』布袋の閉じられた口を開いた。

中から出てきたのは、茶色いろをした小さな毛玉――――子犬だった。

掌に乗る大きさから生後間もないことが分かる。

本来は柔らかい筈の体毛は雨に濡れ、幼い柔肌に重く纏わり付いていた。

余程寒いのか。毛に覆われた身体は震え、つい今しがた自分を害していた相手の掌にも暖を求め擦り寄っている。

ルークはと言えば、苦虫を噛み潰した様な渋い表情をし、視線を俺から逸らしている。

「ルーク…。これは、一体何なんだ……?」

「………………犬…」

「どうして、ここにいるんだ?」

「雨の中で…裏通りの軒下で……震えてたから…俺……」

見当外れの答えを呟きながら、やっと上げた顔には恐れの色がありありと浮かんでいた。

俺は一息深いものを吐いた。言われなくても容易に想像が付く。

ルークは生まれたばかりで捨てられていた子犬に同情して、無視出来ず連れ帰って来たのだろう。

それがいけないことだと知っていて、宿に連れて来たのだ。

誰かに見付かれば自分はこっ酷く叱られ、子犬はどしゃ降りの雨の中に再び放り出される。

屋敷にいた頃にルークが見付けた子猫を家令の手前、容赦無く追い出したことがあったから俺にも隠そうとしたのだ。

きっと今の俺でもあの時と同じ判断をする。

面倒を見れる訳でもないのに、悪戯に情が移る行動は避けるべきだからだ。

でも、ルークの潤んだ瞳を見て。外の雨の音を聞いて。心がどうにも疼いて。俺は―――

「風呂…入れてやれよ。このままじゃ、凍えて死んじまう」

目の前のルークの顔がみるみる驚きに染まる。

俺はルークの表情に苦笑を零し、左手に握ったままになっていた洗い立てのタオルを差し出し浴室へ促した。

「うん…」

「湯船にお湯張ってあるから。しっかり温まってから出ろよ。犬、溺れさせるんじゃないぞ?」

「うん……」

壊れ物を扱う様に俺の手から子犬をそっと受け取ると、ルークはぎこちなく浴室に向かった。







温かい湯に浸かり、体温を取り戻した子犬は幾分元気になったようだった。

水気を丁寧に拭い取り、用意しておいたミルクを眼前におけば、余程腹が空いていたのだろう。

がっつく様にそれを飲み出した。

愛らしい姿の分、そんな仕草も可愛く見えるのだろう。ルークは優しい眼差しで子犬の食事を見守っていた。

やがて空腹が満たされた子犬は、その小さな身体に相応しい丸い目を閉じる。

床にある小さな身体を掬い、即席で作ったタオルのベッドの上に横たえれば、安心したのか。

すぐに規則正しい小さな呼吸音が鳴り始め、寝入ったようだった。

俺はルークの為に飲み物を用意して、子犬に見入る彼にそれを差し出した。

「寝ちゃった…な…」

「そうみたいだな」

温かいココアを一口嚥下した後。ルークはやっと口を開いた。俺もそれに倣い返答する。

それでも、外で振り続ける雨の音の方が幾分大きく響いていた。

「ガイ…どうして、子犬…入れてもいいって思ったんだ…?」

ずっと抱えていたのだろう。ようやっと聞けた言葉にルークは一息ついた。

「さあて?どうしてかねぇ…」

ルークから目線を逸らしながら、後ろ頭をかく。

付き合いの長いルークは、それが俺が何かを誤魔化す時の所作だと知っている。

俺が答える意思が無いことを知ると、訝しみながらもルークは続く言葉を飲み込んで再び子犬の方へと向き直った。





ルークに答えを与えるつもりはなかった。なんせ、自分でも何故許したのか分からなかったのだから。

子犬への同情だけでの行動では到底なかった。普段の俺なら命が関わる事柄にこんなに安易な判断を下したりはしない。

それなのに、深く関わる行動をたったのはこの季節が成せる事なのかもしれないが、それは定かではない。

どうせ考えても答えは出ない。そう結論付けると俺は再びルークを探し目線を上げた。





眠る子犬の小さな頭を愛おしげにルークが梳く。

その手付きはとても優しくて、ルークにとっては甚だ不愉快であろうが、どこか母性を感じさせた。

「いいな…」

「お前も撫でればいいじゃん。毛、柔らかくて気持ちいいぞ?」

「そうじゃなくて…」

勘違いしているルークに苦笑を零し、俺は徐に濡れた赤毛に手を伸ばした。

ルークが子犬を撫でる手付きに倣い、水分を吸った重たげな髪をゆっくりと梳く。

予想外の俺の行動に疑問符を浮かべるルークに、俺はやんわりとした笑みを返した。

「お前に、こんなにも愛されて、犬が羨ましいなあ、って思って」

瞬間、俺の言っていることの意味が分かりません、とありありと伝わる間抜け面を晒した後。

「ば…っ!!馬っ鹿じゃねぇの!!」

脳内で何回か言葉を巡らせ理解に至ったルークの顔が紅潮する。

そんなルークを楽しみながら俺は喉を鳴らし、「犬にまで嫉妬してどうすんだよっ!」

と可愛くない台詞を吐く可愛いルークの唇に喰らい付き、ベッドに押し倒した。

絡み付く淫猥な水音が室内の静寂を破る。

「んぁっ…はん、ああ…っ…がいっ」

俺はすっかり衣服を取り払ったルークの下肢に顔を埋め、頭を上下に揺らしていた。

既に勃ち上っているルークの中心を口淫しながら唾液を絡め、竿部を扱き上げる。

同時に蕾にも指を突き入れ、挿入を真似て出し入れを繰り返し解していった。

「ああ…っ、んぅ、もう、あっ…だめぇ…ああああぁっ!」

隆起する前立腺を強く押せば、限界に差し迫っていたルークは多量の精を吹き出し、俺の腕の中で果てる。

イったのと同時にとろとろに溶け切ったナカが強く指を締め付け、それに煽られる形で俺も限界を知る。

「あ、んぅ…っ!」

俺はルークのナカに埋め込んでいた指をに引き抜き、口内に放たれたルークの蜜を指に絡ませ、その滑りを利用して自身を慰める。

そうして完全に勃った雄を蕾に押し当て、早急に貫いた。

「ああっ!ん、はぁ…っ、がい、はや…い…んっ」

「はっ…ルーク、ごめん」

絶頂の余韻に浸っていたルークに了解も得ずに押し入る様に繋がり、すぐさま律動を開始する。

ルークを気遣いたいのは山々だったが、今日の俺にはそんな余裕が欠片も無かった。

もしかして、子犬への嫉妬も手伝ってのことかもしれない。

言ったら馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、俺にとっては死活問題だ。

その綺麗な緑眼には俺だけを映していればいい。そんな薄汚れた独占欲を常日頃から俺はルークに抱いているのだから。



でも、そんなことは不可能で。だから、せめてこの性交という行為の間だけは。



「ああっ、あ…がいもっ、おれっ、おれ…っ!」

「ああ…っ、一緒に、イこう?」

限界を訴えるルークに応じ、律動を速め自身を追い詰めて行く。

ぎしっ、ぎしっと激しく鳴るベッドの上で踊るルークは本当に綺麗だ。

絶えず腰を動かし、訪れたその瞬間に俺は、いや。俺とルークは噛み付いた。

「はぁんっ、んあああぁっ!!」

「くぅ…っ」

俺はルークの奥深くに種を撒き散らし、ルークは自分の腹の上に吐精した。

余程快楽が強かったのか。絶頂と同時にルークは意識を飛ばしてしまい、今は俺の腕に身体を預けている。

そんな彼を愛おしげに抱き締め、休む為に布団を引き上げる。





「ははっ…。こりゃ大物になりそうだな」


視界の端に入った子犬は激しい情事など物ともせず、目覚める様子無く柔らかいタオルの中で眠りを貪っていた。











翌日。昨日の雨が嘘の様に晴れ渡った空の下、俺達は宿をあとにした。

見送りに出て来てくれた宿の女主人の手の中には、柔らかい毛を携えた小さな生き物がいた。





以来、度々その宿を訪れ、茶色い犬とルークと俺が共に散歩する姿が見られるようになった。







それは雨の季節の優しい記憶。














2008.10.