今晩は気温が零下に至る、この冬一番の寒さらしい。

にも関わらず、ガイはひとつの悪寒すら感じていなかった。 むしろとても温かい。というか、熱いくらいだった。





「ん・・・ぅ・・・が、い・・・」

それもこれも全て腕にあるこの存在のためだ。

寝言で自分の名前を呼ぶルークはなんて愛らしいんだろう。

駄目だ駄目だと思いつつも、あまりの愛しさにガイは瞼に唇を寄せてしまっていた。







子どもが抱える大人の事情







『こわいゆめ・・・みた・・・』





夜半過ぎ、寮の隣室で子供の寝る様な時間にとっくにベッドに入っていたルークがガイの部屋に尋ねてきた。

余程恐怖を感じたのか、目尻にはうっすらと涙すら帯びている。

常ならばあまりにも(ルークの貞操が)危険なため、自分の部屋で寝こけても起こしてルークを部屋に帰し、

どんな強張りを受けてもガイは優しく諭して宿泊を丁寧に断っていた。

しかし、今晩のルークは本当に儚げで。

今、手を伸ばさないと消えてなくなってしまうような気がして。



『入れよ…』

気が付けば震える肩を抱き寄せ、自分の腕の中に招いていた。

『うん…。ありがとう…ガイ…』

その腕に宿った感情を「友情」と疑っていないルークが自分に擦りよる姿を見て、

ガイは複雑な心境を抱きつつも取り敢えず、ルークと共に過ごせる夜を悦ぶことにした。









そうして今を迎えたわけだが、ガイは正直心境穏やかとは決して言えなかった。

なんせ、想いを寄せている相手が無防備な状態で自分の腕にいるのだ。



しかも。



「ん………が、い……」

時折、その淡い柔らかそうな唇で紡がれる寝言には自分の名前が含まれていて。

甘い石鹸の香りも相俟ってガイを刺激し、ルークの無意識の態は誘っているように思えてならない印象を与える。

その度に気を紛らせるように目線を逸らし、平常心を唱えるのだがそんな脆いものではこの先とても理性が持ちそうではなかった。

覚悟していたが、やはり現実はそう甘くない。

実際に、下半身の方がちょっと不味いことになりつつあることをガイは自覚していた。

ルークの寝息が耳元にかかっただけで、見事に反応してくれるそれに溜息が出る。

我ながら本当に情けない。

今ここで自分は決してルークを抱くわけにはいかないのに。

それには自分を頼り素直に甘えてくるルークと兄弟の様な友人関係を、

抱くことによって壊したくないということも、もちろんある。

だが、それ以上にルークに往年の想いを伝えないまま、己の愛の深さを知らせないまま想いを遂げることがガイは嫌だった。

今無理に自分のものにしてしまったら、きっとルークは誤解する。

自分を抱いたのは単に、他の奴らと同様に、この環境の中溜まった欲の捌け口にしたのだと。

純なる愛ゆえだと事を犯した後に訴えても、きっとルークは信じてくれない。

それだけでなくルークは深く傷付き、二度と笑顔を見せてくれなくなるかもしれない。

そんなのは絶対嫌だから。

だからこの想いをルークに伝えるまで、想いの深さをルークが知るまで手を出すわけにはいかないのだ。

それを今更破ることは、ルークに対する裏切りだとガイは考えていた。



「はぁ……」

決意新たに、その為の努力をしようと一先ず、ガイはベッドを抜け出すことにした。

「うん?」



――――のだが。



何かに寝巻の裾が引っ掛かっているのか、ベッドに手を付き下りようとするガイの動作をそれが止める。

壁側ならいざ知らず服が引っ掛かる要因が思い付かない端に、怪訝に思いガイは首を巡らした。

そして自分をここに引き止める訳を知る。

「なんだ…」

なんのことはない。振り返った先には深い眠りに就くルークがいて。

幼子の様に身を丸め、固く握られた指にはガイの寝巻の裾が絡んでいた。

まるで「行かないで」という様に絡んだ指に、思わず笑みが零れる。

無意識の可愛いおねだりにガイが無理矢理に振り解くことも出来ず。

だらしなく緩んだ顔のまま、ガイは再び布団の中に戻った。

そうすると人肌恋しいのか暖を取る為なのか、ルークがガイの身体に腕を絡めてくる。

なにはともあれ、ルークの態は悦ばしいものであるのでガイは素直に悦ぶことにした。

子ども体温のルークによって暖められた布団の中は心地良く、ガイをすぐに眠りを誘う。

身体に籠った熱に一抹の不安を感じるが、ガイは眠気に逆らわず、そのまま眠りに落ちていった。















「うっ………」

朝焼けの強い日差しをカーテン越しに受け、それはガイの覚醒を促した。

焼けつく様に、それでいて柔らかいそれに照らされ、ガイは眠気に抗い瞼を上げた。

「おはよ…ガイ…」

「おはよう…ルーク」

瞳に映ったのは、朝日に当たり艶やかに煌く紅い髪。

目が合った瞬間に柔らかく弧を描いた翠緑玉の瞳で。

朝目覚めて、一番最初に一番大切な人を見られる幸せを知り、ガイは堪らなく幸福を感じた。

「どうかしたのか…?」

「いいや、なんでもないよ。…起きようか?」

「うん!」

だらしなく緩んだ顔を不審に思ったのか、ルークが眉を下げ問い掛けくる。

それにガイは誤魔化す様に笑みを作り、その場から逃れる様に上体を起こしベッドから降りた。



「――――っ!!」



そこまできてガイは漸く気付いた。己の下半身にある不快な感触に。

(ま、まさか…って、いうか……)

「ガイ?どうかしたか…?」

「な、なななんでもないよっ!!ちょっとトイレ行ってくるなっ!!」

「う、うん…?」

部屋備え付けの手洗いに慌てた様子で駆け込むガイを見ながら、ルークは首を傾けた。

「夢…でよかった…」

その背中に向かって掛けた言葉は、誰の耳に入ることなく、空間に消えていった。











「はぁ…まいった…。中学生かよ…」

手洗いに駆け込み、惨状を確認すれば予想通りの光景が広がっており。

自分の情けなさにガイは一人溜息を零した。

こんな状態で本当によく手を出さずにいられたものだ。

「もってくれよ…俺の理性……」

信用出来るものなのかと不安を抱えながら、ガイは一先ず事後処理をし始めた。












青少年の朝(笑)


2008.4.9