狂騒のスイートルーム



俺はルークに恋してる。それは俺の中で不変となりつつある感情だ。

自覚した当初は、仇敵の娘に抱いてはいけないものだと己を叱咤したものだが、ルークの魅力の前にそんなものは霧散した。

以来、何とか振り向いてもらおうと画策し、悪い虫が付かないようにと、見合い話等を握り潰して、親身に相談に乗ったりした。

結果、ルークは俺を信頼し、兄の様に慕ってくれるまでになったのだ。



期は熟した。そう判断して、俺は想いを伝えた。







裏庭から展望出来る街が夕暮れに染まる頃。

『好きだ…。お前にも俺を好きになって欲しい…』

同じように照らされ赤みが増し、益々鮮やかに輝くルークの豊かな髪を見つめながら、俺は想いを告げた。

突然の告白に、すぐさまルークは振り返る。その表情は驚愕に引き攣っていた。

紅潮したように見える頬は、きっと夕焼けのせいじゃない。

俺はそう決め付け、安心に息を吐いた。

照れや羞恥が混じるルークの困惑した様子に、俺が言っている『好き』の意味を理解していることが分かったからだ。

ルークは精神的にどこか幼い為、もしかしたら男女の愛情を知らないのではないか。

そんな俺の懸念は杞憂に終わった。

俺はじっとルークの答えを待った。そして――――



『か…っ、考えておく…』



ルークの中で最上級に近い言葉を貰ったのだ。

あまりの嬉しさに俺は抑えが効かず。俯くルークを引き寄せ胸の内に抱き込んだ。

『ルーク』

『んぅっ…』

そうして、ルークが意味を理解する前から勝手にしているキスを、これまた勝手に唇に落とした。





その後、横から掠め盗る邪魔者が現れないように、俺は益々ルークに過保護になり。

目立つ行為を避けるように、特に男の目を引く様な振る舞いをしないようにと、事あるごとに諌めてきた。

だが、最近。

お嬢様の為に良かれと思ってしていることが、裏目に出ているような気がする。

それはきっと予感ではない。

特に先日、『お前は世の中全ての男に敵わない』と言ったこと。

あれは非常に不味かった。

ルークを貴族の淑女と見せていた最後の砦が崩れたことが、それを様ざまと俺に見せつけていた。







「ルーク…。お前のその格好は一体何なんだっ!!」

「はっ?何なんだよ…。いきなり…?」

周りに他の人間がいないことを確かめた後、俺は呼気を思い切り吸い、声を張り上げ訴えた。

一体何なんだよ。その服は、と。

なんか最近、この言葉ばかりを言ってる気がするが、気のせいにしておこう。

だがルークは要点を得なかったようで。

俺の問い掛けに、首を傾げながら質問を返してきた。

愛らしい所作に一瞬目を奪われ、惚けを誘われたが、ここは譲れないところだ。

俺は自分を律し、再び口を開き訴えかける。

「だからっ!そのはしたない格好は何なんだよっ!!」

「は…はしたないぃっ?ど、どこがだよっ!普通の服じゃん!!」

「どこが普通だっ!!」

俺はルークの言い分を即座に却下する。そうして、お前のその格好を普通と言う奴が世界に何人いる、と訴えかけた。

ルークが今身に着けているのは、少し変わった形の白いロングコートと裾がだぼついたズボン。

なめし革で作られた手袋。

どれも素材は最高級品ではあるのだが、いかんせん。

どの品も、まるで街の不良が身に付けるような粗雑な印象を受けるものばかりだ。

そう。所謂男装と言われる格好だ。

だが、ルークの好みであるなら仕方ない。

ルーク馬鹿な俺は他の誰が淑女らしくないと非難しても、これらを身に付けるのを許してやる。

そう。ここまでは、何とか俺も妥協の範囲なのだ。



だが、な。



「なんで…腹を出してるんだよっ!!」

そう。俺が怒っている原因はそれなのだ。そこ一点だけなのだ。

ルークがコートの下に身に着けているのは、何故か胸の下から布地が無い、薄いシャツだった。

日の光を受け艶やかに煌くことから、黒絹子で織られた最高の品であることが分かる。

だからといって、この仕立てでは全てが台無しではないか。

「そ、それは…動きやすいし…」

眉を吊り上げて怒る俺の剣幕に、多少は何か堪えるものがあるのか、ルークは気まずそうに言い訳を口にする。

だが、それもやっぱり明後日のもので。

「淑女が身だしなみより動きやすさを重視してどうするっ!お前はファブレ公爵家令嬢なんだぞ!!」

「んなこと言ったって…。ヒラヒラしたあんな格好で、もし敵に襲われたら…」

ルークの言い訳に、頭痛で俺は死ねるんじゃないかと真剣に思った。

どこの世界に、キムラスカ軍部中枢を突っ切って貴族街に侵入してくる無謀な敵がいるのか。

俺自身はそれに該当するのかもしれないが、それでもこの警備の中、ルークを浚ったり、

本懐を遂げるのは簡単なことではないので二の足を踏んでいる。

十二年もその状態にある俺が、計画を実行出来ないでいるのだ。

つまり、ここは世界で一番犯罪が起き難い場所の一つに挙げられるのだろう。

そんな場所で何を警戒するのか。

俺は子供の突飛な想像に脱力し、肩膝を床についた。

「はぁ……」

「な、何なんだよ…俺の言ってること…そんなに可笑しいことなのか…」

軟禁なんて止めて、外遊をちゃんとさせた方がいいんじゃないか。

ルークが女になってしまったことは、既に公になってしまっている。

それなのに、ルークを軟禁し続ける王家の意図が俺は全く解せなかった。

将来、ルークは公爵になるんだぞ。それも筆頭貴族。

キムラスカ貴族の長となるべき人間がこんなに無知で良いものか。

まあ、そうなる前に俺が浚ってしまうかもしれないが。

それにしたって、妻となる人間がこう突拍子なのも困るような…。いやでも、それもルークの魅力の一つだし…。


…とにかく、敵国のことながら、俺は真剣にキムラスカのことルークのことを憂いだ。



「とにか―――」

「あん?」

何にせよこの恰好は駄目だ。

そう結論に至った俺は再び気力を振り絞り、訴えようと顔を上げた瞬間。

真下からの角度に、見えてしまったのだ。

窓から差し込む柔らかい日の光に、白く輝くきめ細かな肌が。

黒い薄布の間から覗く、豊かにたわむ柔らかそうな双丘の下部分が。

それはいつも処理の時に頭の中で描いている、布地を押し上げる淡い色の頂まで綺麗に見えて。

「えっ…ちょっ!!ガイ!ガイっ!!」

鼻に込み上げるものを感じたのを最後に、意識が急速に遠退く。

耳元で甲高く名を呼ぶルークに応えることは叶わず、俺は貧血に意識を手放した。







意識を取り戻した後、俺の口酸っぱい説得によって取り合えず、ルークは胸当てを着けることを承諾した。

だが、あの格好には未だ改善の兆しが見られない。

そうしてその後、腹出しを日々諌める俺と下らない言い訳を募る一方のルークが言い争う姿が日常の光景となった。









あの問題の日のことは、好きな女の子の肌を見て、鼻血を吹いて倒れたなんて真実は格好悪過ぎるから。

持病の貧血のせいで倒れた。ということにしておいた。


「貧血って、鼻血が出るもんなんだな」


納得したように頷くルークに、流石の俺でも罪悪感が募る。

こうして、間違った知識を得ることによって、ルークは益々浮世離れをしていった。











またも服ネタ…。

2008.5.14