「おっかしいな…もう、着いてもおかしくないよなぁ…?」

一般市民で賑わう大通りの露店を素通りした後。

ルークは向かいの通りを越え、裏通りと言われる場所まで足を向けていた。

そこは『裏通り』と言われるだけはあって、表に店を出せない理由がある訳ありの者達が集って出来た場所だ。

当然、其処に相応しい怪しげな物ばかりを売っている店が並んでいた。

ルークはきちんと目的があってここに訪れた訳だが。醸し出す何処となく高貴な雰囲気や美しい見目、いかにも堅気な形は悪目立ちしていた。

というか、裏通りに女性がいることすら、まず有り得ないのだ。

そんな中でルークが目立たない訳が無い。

現に行き交う男や街角に背を預ける男達は、ルークに厭らしい視線を送っていた。

だが鈍感なルークは気付くことは無く。小さな紙片に目を落とし、黙々と歩くばかりであった。

「あった!!」

そんな中、漸く目的の店に辿り着いた。

皺になった紙片と露店の前に置かれている看板の文字を交互に見比べ、誤っていないことを確かめるとルークは腰を落とす。

「あのさ―――」

そうして、初老の店主に満面の笑みで探し物を訊ねた。





買ったものが収められている紙袋を胸に抱いたルークは上機嫌だった。

足取りはダンスのステップを踏むかの様に軽く、顔は始終満面の笑みである。

生まれて初めて一人で買い物をしたのだ。

ただそれだけのことなのだが、ルークには大きなことなのである。買い物がこんなに達成感があるものだとは、まさか思わなかった。

実は、目当ての品を購入出来たことに大きな悦びを感じていたのだが、ルークは自分でもそれに気付いていなかった。

(きっと、ガイ悦んでくれる…!)

そうやって角を曲がり、浮き立った足を帰路に向けた時であった。



「あ、つっ――!!」

急に背後に強い力を感じ、地面に引き倒されたのは。

「いってぇ〜、何なんだよっ!もうっ!!」

「可愛い顔して、そんな汚ねぇ口きくもんじゃねぇよ。お嬢ちゃん」

「!!」

身に走った衝撃にルークは苦痛を訴え、悪態を吐いた。だが、それはあくまで独り言であり、別に応えを求めていた訳ではない。

故に頭上から降ってきた男の声にルークは驚きに肩を揺らした。

そして、訝しみながら恐る恐る痛みに閉じていた瞼を開けた。途端、見知らぬ男の顔が瞳に映る。その男は無遠慮にルークの腰を跨いでいた。

「誰…?」

思わず口から出た言葉は、少し間抜けだったかもしれない。男はルークの翠の瞳をみると、にい、と厭らしく笑った。

「こりゃあ、上玉だ」

「ああ、そうだな。いい値が付きそうだ」

いつの間にか、倒れ込んだ頭上にも見知らぬ男がいる。会話していることから、自分の腹の上にいる男と知り合いなのだろう。

しかしながら、ルークは未だに自分の身に起こったことがいまいち理解出来なかった。

「お、お前ら!誰なんだよ」

訳が分からず、それでも何か良くないことが起きていることだけは分かり、ルークは声を張り上げた。

「俺達は商人だよ。この通りでものを売ってんだよ」

「売り物は人、だけどな」

「っ!!」

そこで漸くルークはこの状況に合点がゆく。

この卑下た笑みを浮かべる男二人は人身売買の商人で。自分を道端に引き倒したのは、品卸の為で。

つまり、自分は商品で。

「あ、ああ…やぁ!離せっ!!」

刹那、状況を悟りルークは逃れようと暴れ出した。

「おい、押さえてろよ。品定めしようぜ」

「俺にも回せよ」

言いながら人売りを生業にする男達は、ルークの身体に手を伸ばした。

頭上にいる男は頭を押さえていた手を取り、地面に押さえ付ける。その間にルークに跨る男は、服の胸元を乱暴に掴んだ。

途端、釦が弾け飛び薄布一枚のみに隔てられた身体が露わとなる。

きめ細かい肌の白さに、豊かに撓む胸の膨らみに男達は感嘆の息を漏らした。

「いい女じゃないか…。楽しめそうだな」

「ああ。しかも見ろよこの痕。こいつ生娘じゃないぜ」

胸倉を引き裂いた男が目敏く、肌に散った紅い華を見つける。

それは昨晩の行為でガイが付けた所有の証だった。

「価値は下がるが…まあ、この容貌だ。高く売れるだろ」

「思った以上に楽しめそうだ」

人身売買で女を扱う際、一番価値が付くのは何といっても処女だ。だが、この捕えた蝶は見たところ身体を許す男がいる。

しかし、そんなことが気にならない程この少女は容姿に優れている。つまり、かなりの高値で売れるということだ。

加えて今この場で思う存分体を楽しんでも問題は無いということだ。

そう思い到ると、人売りの商人達は今日は良い拾いものをした、と益々顔を歪めて笑った。

「やぁ…!やだぁ!!助けて、たすけてガイっ!ガイ!!」

厭らしく舌舐めずり、見下してくる視線にルークは耐えられず抵抗を強める。

眦に溜めていた涙を零し、必死に声を張り上げ助けを求めた。最も信頼し、最も愛するガイに。



バシン。



「うるせえっ!!黙ってろ!!」

「口元も押さえとけよ」

五月蠅く騒ぎ始めたルークの態は男達の癇に障ったようで。

先程まで厭らしく貼り付かせていた笑いを取り去り、ルークを本格的に抑え込んできた。

手首を片手で纏められ、口元を無骨な手で覆われる。

あっという間に、抵抗する手段を全て奪われたルークは恐怖に顔を青褪めた。

「大人しくしてりゃ、すぐ終わるって」

「そうそう」

悪い夢だと思いたかった。

だってまさか、こんな目に合うとは考えもしなかった。

自分は非力な女じゃない。剣を取り、自分の償いの為に理想の為に強きもの達と闘ってきた。

誰にも、それこそ町人に過ぎないこんな男達に力で負けるなんて、夢にも思わなかったのだ。

それなのに、押さえられた腕はびくともしなかった。腰に差した剣がこんなにも遠い。



『男なら、お前を押さえ込むことは簡単に出来る』



口酸っぱく言われてきたガイの言葉に嘘偽りはなかったのだ。

どうして一人で裏通りに出掛けるなんて、無茶な行動を取ってしまったのだろう。

後悔が胸に押し寄せる。しかし、全ては遅すぎたのだ。

「そうそう。そんな風に大人しくしてりゃいいんだよ」

「すぐに気持ち良くなるさ」

抵抗を止めたルークに、男達は遠慮なく手を伸ばした。

「んうっ…」

強く胸をわし掴む手に、言いようの無い嫌悪が身体を走る。もう駄目だとルークは固く目を瞑った。












2008.5.17