「ぎゃあああぁぁ!」

「た、たす…ああああぁっ!」

暗転した視界に目の前が染まった時であった。身を引き裂くかの様な男の悲鳴が至近距離から上がったのは。

同時に身を覆っていた圧迫感が無くなり、絞められていた手首が解かれる。

何が起こったのか分からず、ルークは不安に身を寄せた。目を固く閉じた今、分かることはさっきの男達から逃れたことくらいで。

「ルーク…。大丈夫か?」

新手かもしれない。そう思い身を固めた矢先に耳に届いたのは、今最も聴きたかった声だった。

地面から身を掬われ、大好きな匂いが身を包む。

「が…い…?」

怖々目を開ければ、求めて止まなかった姿が其処にあった。

さっきまで自分が押さえ込まれていた地面には、二人の男が転がっている。

「こ、殺しちゃったのか…?」

「まさか。…ルークが嫌がると思ったから、みね打ちだよ」

ルークは例え自分が傷付いても生死が関わらない限り、人の命を奪う事を良しとしていない。

そんなルークの優しさ――或いは脆さを配慮して、ガイは湧いた殺意を押し止めて刃の無い方で打ったのだ。

そうとは気付かず、売人の男達は刀を向けられ、切られたと思ってあんな絶叫を上げたのだ。

情けない。それ以上にルークにしたことを考えると男の風上にも置けない。

ガイは内心そう思い、地に倒れる男を侮蔑した。

「死んで…ない…?」

「ああ。それより、どこか痛いところとか、あるか?」

「だい…じょうぶ…」

夢心地だったルークは、ガイの気遣う言葉に段々と現実味を覚える。

「ふっ…が、いぃ…がい…!」

驚きに止まっていた涙を再び流し、ガイの胸に顔を埋め泣きだした。

「怖かったな…。もう大丈夫だから。俺がずっと傍にいるから」

震えながらこくこくと首を上下に振り続けるルークの背を、慰める様に擦りながらガイは踵を返し、宿への道を歩んだ。









傷付いたルークを腕に抱き、ガイは宿に戻った。

「しかし、何であんなところに行ったんだ」

泣きやんだルークの手当てをしながら、ガイは咎める口調でルークの行動の真意を問い質す。

買い出しから宿に戻ってみれば、玄関口で半ば呆れ顔のジェイドに鉢合わせた。

自分を待っていたかの様に見える男に何かあったのかと問う前に性悪軍人が口を開いたという。

『先刻、彼女が一人で宿を出て行きました』

ガイはジェイドが言った事を耳に入れた刹那、何故引き止めなかったのか。

後を追わなかったのか、とジェイドの胸倉に掴みかかりたい衝動を抑えた。

そうして、買った荷物を押し付けて来た道を戻って見えない背を追ったのだ。

その的確な判断のおかげで、きりぎりルークの貞操は守られたのだ。

嘗胆したように、苦々しく顔を歪めて話すガイの顔に掛けた心配の度合いをルークは知った。

それに悪戯が見つかった子供の様に息を詰めた後(実際そのようなものだが)。

ガイの目に言い訳出来ないことを悟り、ベッド脇にある照灯台の上を指差した。

そこには、ルークと共にガイが回収した紙袋がある。どうやら、それを買う為にルークは裏通りの闇市に出かけたようだった。

「何なんだ、これ?」

頬を赤らめ伏し目がちになっているルークは応えず、目線で「開けてみろ」とガイを促す。

ルークの態を怪訝に思いながらも、ガイは取り敢えず袋の開封を試みた。

「あ…」

中から出てきたのは、掌に乗る程の小さな音機関。

それは、見覚えがあるものだった。

というか、製作者はガイ自身だ。

「それ…珍しいもんらしくて…。グランコクマの骨董屋に聞いたら闇市で出回ってるって…」

それを封切りに、ルークは事の真相を語り出した。グランコクマでティアのペンダントを買い戻した時だという。

ふとした思い付きから、この様な形状の音機関が出回っていないかと、ついでの様に聞いてみたのだ。

すると予想外にも肯定の言葉が返ってきた。ルークは一年前、それを失った時のガイの落胆振りを思い出して居ても立ってもいられなくなった。

そうして随分前からこれが売られている店がある、この土地に訪れる機会をずっと伺っていたのだと言う。

全てはこのちっぽけな音機関を取り返したいが為。

つまりガイの為だったのだ。

「そっか…」

ガイはルークが自分を想っての行動に顔を綻ばせた。そうして、頭ごなしに叱ったことを謝罪する。

「いいよ…俺が悪いことには変わりないんだし…。それより…」

ルークはガイの手の中にある、箱状の音機関を覗き込んだ。

翡翠が嵌めこまれたそれは一見、小さな宝飾箱にも見える。しかし蓋が開かず、役目を果たさないらしい。

鍵も無い蓋が開かないとは一体どういうことか。

そこに曰くがついたらしい。



何でも、昔、翡翠の色の瞳をしていた男が呪いを受けて、瞳が緋色になってしまったらしい。

世にも美しかった瞳を失った男は、憤慨しこの小箱に同じ呪いを掛けたのだ。

開いた者が自分と同じ目に会う様な呪いを。それを封じる為に立派な金の王様が、二度と開かないように、箱の蓋に呪いを掛けたとか、何とか。



そんな壮大な絵空事の与太話が出来上がり、陰で囁かれていた事実にガイは内心呆れた。

商人から聞いた話を雄弁に語った後、ルークは改めて好奇心の眼でそれを見た。

「…で、それ一体何なんだ?」

「うん?これはな…」

ルークが語る音機関に纏わり付く、誰かを思わせる曰くに笑いを零しながら、ガイは当時を思い出し口を開いた。










少し加筆・修正


2008.5.17