一年程前のことだった。
ルークの生誕日近くの頃。ガイはいつもに増して音機関に制作に夢中になっていた。
いつも欠かさずしていた、『おやすみのキス』すらしに来ない程の熱中振りである。
構ってくれないガイに、ルークは常々感じていた音機関への嫉妬が爆発したのだ。
そうして、欝憤を晴らすために行動に出る。
ルークは隙を突いてガイの部屋に侵入し、完成間近に迫ったそれを持ち出した。
そして、こともあろうか。屋敷に来ていた行商人に売り飛ばしたのである。
これはガイへの復讐だ。きっとガイは憤慨して、大切な音機関を勝手に売った自分に詰め寄って来るに違いない。
どんな形でも構わない。ガイに構って欲しかったルークは嬉々として、ガイが紛失物に気付くのを待った。
そうしてその時は予想通り、すぐにきた。
いつものように窓から入ってきたガイは音機関の行方を聞き出すために、ルークに息を荒げ詰め寄ったのである。
『売った』
ルークにあっさり一言で返された時のガイの顔は、ある意味、見物であった。
何か都合の悪い事が起こるとガイは常ならば、嘘臭い乾いた笑みを浮かべたり、無理矢理淫行(当時の場合はキスのことを指す)
に走ったりしてその場を有耶無耶にする。
どうせ今回もそうなった後、じゃれ合う様にいつもの関係に戻れる。
ルークはそう信じて疑わなかった。しかし、この時だけは違ったのだ。
『そっか…』
一体何が起こったのか分からない。
とでも言いたげな呆けた顔を暫く見せた後。
顔に影を落とし、明らかに落胆した表情を見せたのだ。
そうして、求めるものがもうルークの手元に無い事を知るとガイは無言で背を向け、一歩、また一歩入ってきた窓へと歩を進める。
『ガイっ!!』
いつもと全く異なる雰囲気を醸し出すガイに、思考を奪われていたルークは我に返り慌てて引き止める意味を込めて声を荒げた。
いつだって何があろうと、必ずガイは自分の声に応えてくれる。この時もそうだと信じて疑わなかった。
しかし、背を向けたままガイは振り返ることもなくルークの部屋を後にした。
残されたルークは腑抜けた様に、ただ呆然とすることしか出来なかった。
次の日顔を見せた時にはいつものガイに戻っていたが、ルークはガイの悲しげな顔を忘れることが出来ず。
自分が犯したことを思い悩んだ。
自分には何でもないもの。
ただの光物の鉄屑同然のものに見えたあの音機関はもしかしたら、いや間違いなくガイにとって掛け替えのないものであったに違いない。
あの構い倒しようから、もしかしたら失ったという家族の形見の品だったのかもしれない。
そう思い到ったルークはいてもたってもいられなかった。
そして自分の行動を省みる。
今までガイには多くのものを貰ってきた。なのに、自分はガイから奪ってばかりだと。
横暴な数々の行動が芽生えた恋心を刺激し、胸を突く。
そうしてルークは決意したのだ。
いつか、本当にいつの日になるのかは分らないが、あのちっぽけなガラクタを捜す旅に出ようと。
そして、あのどうしよもない下僕に、人生初の想いの籠った贈り物をしようと思ったのだ。
だが、月日の経過は確実にルークの記憶を風化し。いつしか決意は記憶の隅に追いやられていた。
ティアのペンダントを取り戻す奔走をするまですっかりと忘れていたのだ。
そんな自分を恥じながら、ルークは口を開いたガイを見ていた。
2008.