ガイは掌の上にある小さな音機関を捏ね繰り回していた。
一見すると、ルークの様な素人目には弄ぶっているようにしか見えない。
しかし、この作業は未完成のそれを作動させる為の作業の一環なのだ。
「これは、な…あとここにネジを付ければかんせいだったんだが…」
独り言の様に呟きながら、足元にある旅の荷物袋からネジ回しを取り出すと、ガイは徐に譜業の裏蓋を取り外した。
そうして細かな造りをしている内部が露わとなる。
こんな精巧な作りをしているとは思ってもみなかったルークは、目を見開き素直に驚いていた。
ルークが息を飲んだのが気配で分かったのか。ガイは微笑しながら内部の空所にネジ回しの先端を潜り込ませた。
「ここにちょっと細工してあってな…」
言いながら差し込んだネジ回しを、時計回りに動かす。
その作業を暫くした後、ガイは音機関を引っ繰り返し、再び翡翠を目に映るように掲げた。
ルークの瞳と同じ輝きを持つ石は、翠の瞳の中に溶け込むように映る。
「ルーク。ちょっとこの翡翠に触ってくれるか…?」
ガイは理解出来ず呆けているルークの顔を覗きながら促す言葉を紡いだ。
「え…なんで…?」
「いいから。ほら早く。」
ガイはルークの小さな手を取り急かす。突然与えられた温もりに、頬に熱が集うのを鏡を見なくともルークは分かった。
何度体を重ねようと、いつまでも初なままのルークが可愛らしくて、愛しくて。ガイは頬を緩ませた。
ついでに「何、今更恥ずかしがるんだ」と深い意味を含ませた言葉が口から出そうになる。
だが、それを言えば確実に拳が飛んでくるのを知っているので、ガイは敢えて口を噤んだ。
ルークは何かを誤魔化す様に変化したガイの表情には気付かず、石一点のみに視線を向けている。
そうして、引き込まれるように、熱の無いひんやりとした石に震える指先が触れた。
「あっ…!?」
予想外の出来事というのはこのことか。
ルークが翡翠に触れた瞬間。今まで沈黙を守っていた音機関が動き出す。
内部の駆動系を動かす音が低く響き、やがては淡いメロディーを奏でながら、ゆっくりとした動作で固く閉じられていた蓋が身を起こした。
旅を経たルークもよく知る曲の中、小さな箱の中身が段々と露わになってゆく。
そうして完全に起きた蓋の下から現れたのは、印象に残る濃い紅の天鵝絨の布地。
華美な土台に負けじと銀に輝いているプラチナの指輪だった。
それには箱の蓋に嵌められている石と同じ色をしている、孔雀石が光っていた。
「綺麗だろ?店で見かけたときルークの瞳に似てるな、と思って…」
ルークが茫然と目の前に現れた宝飾品に見惚れていると、横からガイの手が伸びて来る。
そのまま土台に嵌められた指輪を手に取り、指先で持ち直すとルークが見やすいように掲げた。
光に翳せば孔雀石は様々なミドリの色を発色し、見る者を虜にする。
ルークも例外無く、魅入られたかの様に視線でその石を追った。
「きれいだな…」
「ああ」
暫く、石が放つ彩色を楽しんだ後。
ルークはガイに目を向け、綺麗なものを見せてくれてありがとうと微笑んだ。
ガイはその愛らしい礼を受けて優しい笑みを返す。
しかし、箱の仕掛けに驚いたのか。はたまた、あまりに石が美し過ぎたのか。ルークは当初自分が持った疑問をすっかり忘れてしまっていた。
ガイは未だ無邪気に石を見つめ、箱を不思議そうに弄ぶルークに苦笑が禁じえない。
実はルークの疑問の答えが、俗に言うこの―――オルゴールを作った由縁に繋がるものであり、ガイがずっと言いたかった想いに繋がるのだが。
一向に落ち着く様子が見られないルークに、今は言うべきじゃないのかもしれないと迷いが生じる。
だが、ルーク相手にタイミングなど計っていたら、きっといつまでも今の様な曖昧な関係のままだ。
雰囲気を考えている暇があったら、行動に出た方がずっと有益だ。
そう思い到ったガイの行動は早かった。
2008.