「あ…な、何だよっ!!」

ガイはルークの手の中にあった音機関―――オルゴールを取り上げ、ルークの視線を浚った。

伸ばされた手が届かない位置までそれを持ち上げると、そのまま傍にあったテーブルに置く。

当然、其処はルークの手の届かない位置であり、更に視界から遮るようにガイはルークの目線に屈んだ。

当然のように目が合い、お互いの目の中にお互いの姿が移る。そうやってガイはルークの意識までも浚った。

「な、んだよ…」

ガイのルークを見る目はどこまでも優しくて。

口を突いて出そうになった悪態をルークは咄嗟に引っ込めた。

ものが詰まったかのような表情を見せるルークの態に、愛おしさが募り、更にガイは甘やかな笑みを浮かべる。

ガイが見せる表情の蠱惑的な甘ったるさにルークは本当に息を詰めた。たったひとつの笑顔でこの効果だ。

こいつは目線だけで本当に女が落とせるかもしれない(容姿だけで十分落とせるが)。

「これ、さ。実はルークのものなんだ」

ルークが現実逃避にそんなことを考えていると、不意に言葉がその形の良い唇から零れ落ちた。



「え…?」

真っ直ぐに指されているのは、テーブルのオルゴールで。記憶が正しければ、間違い無く自分のものになったことなど一度もないものだ。

うっかり屋の自分のことだ。

もしかして忘れているのかもしれないとルークは記憶をさらってみたが、幼い頃お気に入りの玩具にもこんなものは無かったし、

ガイから譲り受けた覚えもない。

益々、混乱するばかりで、一向に答えに辿りつけない。徐に首を傾けるルークにガイは苦笑を零し、その手を取った。

「正確には、ルークのものになる『予定』だった、が正しいんだけどな?」

「え……?!」

ルークが答えを求めて手元を凝視する中、ガイは取り上げた利き手の薬指に孔雀石の指輪を嵌める。

全く予想だにしていなかったガイの行動に、ルークは大きな瞳を益々広げ、奇声の様なものを零した。

ルークの態に、「本当に考えもしなかったんだな」と微笑ましい様な寂しい様な複雑な顔をガイはした。

「一年前…お前の十六の生誕の日が近かっただろ?」

「あ…」

「十六っていやぁ、婚礼も出来る立派な淑女の歳だ。お穣様を密かに思う使用人としては、ここで何かケジメを付けておきたいな、とか思ったんだよ」

照れた笑顔で「悪い虫が付く前に」なんて言われれば、流石の鈍感姫ルークでもガイの言わんとすることが分かる。

つまり、

「まあ…その、な。これを約束の証として、求婚するつもりだったんだな」

頬を薄紅に染め、はにかむガイは普段何事もそつなくこなす大人びた彼ではなく。

年相応、もしくは少年の様な幼い表情をしていた。其れは少し臆病に見えて。

ガイの想いが真剣そのものであることがルークにも伝わった。

何を返せば良いか分からず、ルークは視線から逃れようと身を捩るが、ガイは許さないと言わんばかりに腕の中に引き込む。

「でもな…予想外の妨害があってな…」

そうして意地悪く、耳朶に唇を寄せ直接続く言葉を注ぎこんだ。

「折角準備した求婚の品が、手元からなくなっちまったんだよ。お陰で、プロポーズし損ねたって訳だな」

「あ、あうぅ…」

「あの時は、流石に凹んだんだぜ?何せ、構想四年、製作に一年掛けた計画だったからな。もう目の前真っ暗だったよ」

経緯なんて聞かなくても知っている。

なのにガイは、「オルゴールの部品を手に入れるのを苦労した」だの、「公爵令嬢の指に相応しい指輪購入の為に給金一年分費やした」だの、

ルークの良心を鋭く突き刺す言葉をつらつらと言い続ける。

ガイはいつも自分に甘い、と皆言うけどそんなの嘘だとルークは知っていた。



(だって、二人きりになるとこんなに意地が悪いっ!)



己が犯した非はもう十分に分かったから、許して欲しいとルークは身を震わせた。

眦に浮かんだ涙に、少しいじめ過ぎたと僅かに反省すると、ガイは瞼に唇を落とす。

「まぁ、結局は悔しかっただけなんだよな。やっと言えるって思ってた言葉が言えなくなって…。

でも今思うと、形何かに拘らずに言えば良かったと思ってるよ」

「ガイ…!!」

ルークが許せないんじゃなくて、そんな物が無いと言いだせなかった臆病な自分が許せなかったとガイは苦笑いを携えて言った。

ガイの気持ち――自分を想ってくれている気持ちがよく分かって。

ルークは恐れに閉じていた瞳を開くと、眼前にあった胸の中に身を寄せた。

突然の行動にも関らず、ガイはしっかりとルークを抱き止める。愛おしげに髪を梳く手は、まるで愛の言葉を囁いているかのようであった。

「ルーク…遂げる順序も違うし、一年も遅れちゃったけど、言わせてくれないか?」

順序を間違えたとは、恐らく既に体を繋げる関係になってしまっていることを言っているのだろう。

でも、それは想いが育ってのことだ。

ルークは構わないと言わんばかりにガイの身体に回す腕に力を込めた。

「ルーク、愛してる…。もうルークがいなきゃ俺は生きていけない。一生傷付けない、離さない…。

幸せにするから、俺と…一緒になってくれないか…?」

「ガイ、っ…ガイっ!!」

ルークは感極まり、押さえていた涙を流してガイに縋り付く。

「ガイが好き、大好き」、「俺もガイがいなきゃ生きていけない」とか熱烈な愛の言葉を叫びながら。

それはどれもルークの想いが重に詰まっていて。

こんな状況じゃ無かったら、きっと喜びに小躍りしていたに違いないとガイは思った。

踊りはしなくとも、高まった想いが可愛らしい抱擁だけで抑えられる筈は当然無く。





「さて、と…」

「え?」

首に回されていたルークの腕を掴むと、ガイはそれを外す。

直後、意味が分からず呆けるルークをガイは背後に広がるシーツの海に倒した。

「なっ…!?が、ガイ?」

「消毒。まだだったよな?」

ルークの返事を待たず、ガイは早急に服の隙間から手を差し入れ肌を撫でまわす。

あまりに急なことだった為、ルークは反応が遅れたが、理解した時には既にガイは衣服を脱がせにかかっていた。

勝手な行動は確かに怒りを誘ったが。惚れた者が負けなのだ。

「うん…。消毒、して?」

ルークはガイを許すことにして、シーツに沈んでいた腕を組み敷くガイの首に回した。

「…!!いいよ。ルークの全部、綺麗にするからな?」

予想しなかった態に一瞬目を見張った後、ガイはルークだけに見せる神も惚れるかの様な甘い笑顔を零し、その愛しい肢体を力一杯抱き締めた。









それから誰かの瞳を思わせる藍玉の石が付いた指輪が嵌められるまで、ルークの指には孔雀石が輝いていた。

















***END***










2008.