砂漠に咲いた花 4
砂漠に咲いた花 4
「………?がい?」
部屋にたった一つだけある大窓に小石が当たる。その僅かな音で、気配に聡い、休んでいた部屋の主、ルークは目を覚ました。
どうやら今日の記憶を脳内で反芻している内に、疲労からか何時の間にか眠りに落ちていたらしい。
寝台から身を起こすと、躊躇せず窓辺に歩み寄り窓を開く。それには鍵がかかっていない。
誰が訪ねて来たかなどすぐに分かる。ここから、こんな非常識な場所から公爵令嬢の部屋を訪ねて来るのは一人だけ、だからだ。
彼は毎夜、自分が眠りに就く前に訪れ安心を与えてくれる。
生誕日や誕生祭、復活祭の様な特別な日には贈り物も携えて来てくれる。彼から贈られる物はそう高価な物では無いが、
ルークは毎年それをとても楽しみにしていた。
無自覚だが、それに特別な感情も抱いていた。
「ガイ!!遅かったな。もう少しで本気寝するところだったぞ」
ルークの翡翠の緑眼に、幼馴染の男の金糸の髪が映る。
ガイはその俊敏な体躯を生かし、僅かな跳躍で中二階の位置にある窓の縁に手足を掛け、其の場に留まっていた。
「ガイ…?」
ルークは何か何時もと異なる気配をガイから感じ取り、警戒と困惑の色を含んだ声で問いかける。ガイからの返答は、無い。
微動だにしないガイを不審に思い、更に疑問を発そうとしたルークの眼前に、不意にガイの利き腕が差し出された。
それに血が付着している事に気付く。
「ガイっ…!どうしたんだ!!怪我を………ぅんっ!?」
ルークがその傷ついた右手を労わろうと手を伸ばし触れた瞬間、ガイはその手を掴み自らの方へ引き寄せた。
腕の中に閉じ込めるのと同時に、顎に手を添え上を向かせる。そして淡い桜色の唇に噛み付く様に口付けた。
ルークの目が驚愕に見開かれるのを見ながら、ガイは唇を重ねたまま部屋に押し入り、己の体を使い背後にあった寝台に彼女を倒した。
「んん…、ん、はぁ…」
ルークが苦しげに喉を震わせている様を見とめると、ガイはゆっくりと唇を離した。銀糸の糸が二人の間を伝った。
「誕生日、おめでとう。ルーク」
「………が、い?」
口をぱくぱくさせ、必死に酸素を求めているルークを組み敷き見下ろしながら、ガイは誕生を祝う言葉を述べる。
その声色はいつもの穏やかなものであったが、ルークは底知れない恐怖を感じた。
「が…?」
「ああ、あともう一つ。婚約おめでとう」
その言葉に、ルークの体が僅かに強張る。ガイはそんなルークに構わず、笑ってない笑みを浮かべ、肩口に顔を埋めると耳元で囁いた。
「その様子じゃ、『結婚』がどういうことか解って無いみたいだな。当然かな?教えて無いんだし」
「ガイ?ガイっ!!」
「そんなルークの為に今年の誕生日はプレゼント、二つ用意したんだ」
そう呟くとガイは埋めていた顔を上げ、鬱蒼と微笑んだ。
「知ってるか?ルーク。女の子は十六歳から結婚出来るんだよ。だけどお前は結婚生活の事について知識が乏しいから、
婚約に押し止められたみたいだな?」
「ガイ、お前さっきから何言ってるんだよ」
己の上に跨っている男の意図が全く分からず、ルークは声を荒げる。
その反応にガイは笑みを深め、ルークの細腕を取ると片手で頭上に縫い止めた。
ルークの困惑の色が濃くなる。自分がこれから何をされるのか分かっていないのだろう、とガイは口角を上げた。
「一つ目のプレゼントは、コレ――――」
「!ガイっ!!嫌だ、ヤダぁあ、何すんだよっつ!!が、い、ガイっ!!」
ガイは腰に下げていた短剣を鞘から引き抜くと、その刃をルークの襟元に差込み、一気に下に引き下ろした。
薄い夜着が引き裂け、それに覆い隠されていた体躯が月明かりの下、眼前に露となる。
ルークはあまりの羞恥に赤らめた顔を反らし瞼を硬く閉じ、震えた。
(ああ………綺麗だ…)
「やぁ……、がいぃ……」
ルークの拒絶が遠くで聞こえる。ガイの思考は初めて目にするルークの裸体に囚われていた。
月光によって照らされた身体は白く輝き、柔らかな曲線を描いている。細い喉元、未発達な鎖骨、小振りだが形の良い乳房が碧眼に映る。
細い腰、そこから下肢へと流れる線。
ずっと望んでいたものが、今この手にある。その事実がガイを沸き上がらせた。
「ルーク、ルーク。俺が『女』にしてやるよ」
「がっ、い……!?」
ガイはルークにはおそらく、意図を測れない言葉を吐くと、その首筋に強く吸い付き痕を残す。
同時に空いている手で発展途上の胸を掴み、揉みし抱く。初めて触れるその感触に、ガイは己の雄が刺激されるのを感じ、呼気が荒くなる。
途轍もない、愉悦を感じる。
混乱と恐怖により目を白黒させ、状況について行けず絶句しているルークの声が聞きたくなり、ガイは残酷な言葉を紡ぐ。
(悲鳴でも、罵倒でもいい。俺の名前を呼べよ、ルーク)
「ははっ。ルーク嬢ちゃまはまだ子供だから知らないかな?今から俺達は繋がるんだよ」
「…………?」
尚も解せ無いルークに、より直接的で残酷な声色で囁く。
「情交、するんだよ。セックス。知ってるだろ?」
「ガイ!?」
「結婚には必要な知識だろ?俺が教えてやるよ」
「やあああぁ、ガイぃぃやめ、止めてぇ!!」
それが具体的にどのような行為を行う事なのかは解らなかったが、伴侶とだけ成す特別な行いであり、
他者とそれをする事は禁忌であるという教えを母から得ており、ルークは恐怖し、拒絶の声を上げた。
それにガイは胸に痛みが走るのを覚える。
解っていた。
自分の本心が本当はこんな風にルークと情交を交わす事を望んで無い、という事を。
だが自分のもう一つの望み、復讐を成し遂げるには必要な行いであった。
憎き男の娘を蹂躙し、辱め、繋がったままその心の臓に剣を突き立てる。
快楽と恐怖を入り混ぜた死に顔の遺体を、息子、夫人の遺体と共に憎悪の対象、ファブレに突き出す。
そして絶望の表情を浮かべる顔に刃を下ろす。
それが長年思い描いた復讐劇の終焉であり、元よりその為にこの屋敷に潜り込み、今日まで耐えてきたのであった。
だから数年前に気付いた自分のルークへの想いは、邪魔以外の何者でもなかった。
―――――――はずなのに。
今のガイの心中を満たすのは、悲しみ、だった。
(いいんだ……これで、いいんだ)
ガイは強く首を振ると、復讐の為に自らの思いを無視する事に決め、疎かにしていた行為の手を進めようとした。
が、己の下に組み敷いているルークの異変に気付いた。
「…るー、く?」
水を孕んだ翡翠の緑眼と合う。その瞳には怒りも恐怖も、非難の感情さえも伺えなかった。
逆に、表情は無いが、それ翠からは僅かな慈しみさえ感じられる。
先程まで行為の静止を求め、激しく抵抗を示していた四肢も今は力が抜け、まるでガイの行いを肯定しているかの様だった。
其の態は、蹂躙を受けている少女のものでは無い。
ガイはルークの予想外の行動に混乱した。
泣き叫び、罵り、怒りと絶望の色に染まった彼女を貫き、揺さぶる。
そしてやがては其の唇から発せられるであろう、快楽に染まった声を聴きながら胸に白銀を突き立て純粋なる赤を浴びるのだ。
それがガイの描いた『復讐』の形であったのに。ルークの今の態度はその対極にあった。むしろ受け入れている様にもとれる。
まるで其の血に宿す罪を心得、罰を甘んじる聖人の様だった。
想定外の出来事に、ガイは上体を起こして彼女と僅かに距離をとった。
「お前、自分が何されようとしてるのか解ってるのか!!?」
「うん。解ってるよ」
あっさりとした返答に、ガイの心中に何に由来するのか解らぬ、焦燥が生じる。
「それで……凄く痛いんだぞ。想い人以外とする事は…凄く辛いことなんだぞ!!」
「知ってるよ」
ルークの淡々とした態度に、ガイは憤りも感じ始めた。それも何から来るからは解らなかった。
でも。
「無理矢理された女の人はっ……、死にたくなるくらい、悲しくて、辛くなるんだぞ!!」
「うん…。そうなるかも知れない。でもいいよ」
「どうして!!!」
そこまで言葉のやり取りをしてガイは気付いた。己の心内に生じた感情が何に由来していたのか。
(俺は…、この娘に…………ルークに、身体を開いて欲しくないんだ…)
己を陵辱しようとしている、愛してもいない相手にいとも簡単に身体を差し出す。
そんなまねをして欲しくなかったのだ。
(俺は…俺は……)
ルークをどうしたら良いのか分からなくなり固まっているガイに、不意に声がかかる。
「俺…、ガイにならいいよ」
その言葉に思考が浮上する。
「だから…どうして!!何でだよ!何でそんなに簡単に身体を開くような真似…」
「ガイ、悲しいんだろ。寂しいんだろ?ひとりは、誰だって嫌だよ。俺も、お前も…」
「なっ、何を言ってるんだっ…」
「俺が受け入れてあげる。傍にいるよ。だから、ガイも……」
「俺は、悲しくなんて無い!!寂しくなんか無いっ!!俺はたたお前を穢そうとっ……」
ルークにも、それこそ誰にも見せたことの無い、己の心の深淵に閉ざしている想いを見透かされ、ガイは混乱に陥った。
彼女が何で、どうしてという思考が脳を占める。
「お、れは……」
言い訳染みた言葉を紡ごうとした瞬間、信じられない言葉がルークから発せられ、ガイは耳を疑った。
「でも…、ガイ泣いてるぞ?」
「え…!?」
まさかと思いつつ、瞬きをすると視界が濁り、重力に従い雫が落ちルークの顔を濡らしていた。
(無意識に…泣いていた?)
ルークは拘束の解かれた手をそっとガイの頬に伸ばし、それを伝う雫を一粒、また一粒拭う。
その掌がとても温かく、ガイを堪らない気持ちにさせた。
今までに自分が抱いていた憎悪が、人生の大半を占めていた重きを置いていた復讐心が、
穢れきって本当に醜いものだという事を突きつけられたような気にさせられた。
自分に穢され掛けた今尚、光輝くようにルークの心身は美しかった。それが更に自分を醜くさせる。
だが、ガイはそんな彼女に救われたかったのだ。
ずっと、救われたかったのだ。
今自分の二面性がはっきりと露になるのと同時に、片方が崩れ去ったことをガイは自覚した。
「くっ…ルーク、ルーク…るー、く……おれは、俺は―――」
ガイは嗚咽を堪える事をせず、声を上げて泣いた。ルークは自らの胸に頭を預けているガイをその二本の腕で優しく包み込む。
それがガイを更にやるせない心持にさせる。
「ガイ、ガイ、大丈夫。俺が全部受け止めてあげる。ガイの全て、受け入れてあげる」
「るー、くっ…」
「だから、ガイの全部、俺に頂戴?俺もガイに全部あげるから」
胸が、心が締め付けられる様に苦しい。しかし同時に体感したことの無い、言い様の無い幸福を感じる。
ガイは晒されたルークの肌に縋り、初めて素の自らを出す。
薄汚い、自分の全てを受け入れてくれると言うルークが愛しくて、愛しくて。狂わしい程愛したく思った。
救われたい。ルークに救って欲しい。
暗黒を占めていた空間に温かく柔らかな、けれど強く、けして掻き消される事の無い光が差し込む。
其の中で床に粉々となった『赤』を、腕の中にある『赤』を確りと抱き締めながら眺めた。
運命よ。有り難う。彼女に逢わせてくれて。
結構昔に書いた、古い文章です。
前後に繋がりがなく、本当に幼い文章となってます。
恥ずかしい(脱兎)!!
2008.1.3