部屋に入って初めに目を奪われたのは、日に焼けたカーテンに縁取られた窓。
歪んだ硝子越しには、地平線にかかる太陽が見えた。
綺麗に整えられた真っ新なシーツが黄昏の光を浴びて、紅く染まっていた。
「ルーク」
一声発した後、彼は俺をその腕で捕えて、強く抱き締めベッドに倒した。
真上にある碧眼の瞳が優しく弧を描く。
何かを発しようとして開いた口を、何も言わぬまま閉じ、腕を伸ばして俺を暴きに掛った。
彼の肩越しに見える夕陽を見ながら。
明日も、明後日も。その先もずっと、彼の傍に在れたらいいのに。
そう願った。
綺麗な空色に張った水の膜に、俺は気付かない振りをした。
「ルーク…、大丈夫か?」
「んぅっ…あ、…っ…あ…へい、き…」
艶のある吐息を含みながら俺を気遣う、ガイの言葉に俺はすぐに答えた。
情事の最中にも関らず、相手に伝わるちゃんとした言葉で、だ。
昔ならガイの突き上げに言葉ひとつ発せず、意味をなさない声を上げることしか出来なかった。
そんな俺が返事を返すことができる。
そんな余裕があるのは、別に俺が色事に手練になったわけでも、手管になったわけでもない。
ガイが、ガイの動きが、優しいからだ。
レムの塔で俺が死にかけた後、ガイは俺が生きていたことに、死ぬほど悦んでくれた。
抱き締めてきた腕に宿る体温は、俺に生きている事を教えてくれ。
震える身体は、俺に生きている悦びを実感させてくれた。
あまりにガイが悦んでくれるものだから。
俺は透けた手をそっと後ろ手に隠した。
幼い頃から何かある度にガイに相談し、解決を手伝って貰ってきた俺がする最初で最後の隠し事。
生に関わる、命を賭けた隠し事。
俺のことで、辛そうに眉を寄せ悲しむガイの姿はもう見たくないから。
俺はこの秘密を墓場まで、いや、音素帯にまで持ち込む。
そう決意し、ガイが一番好きだと言ってくれる笑顔で微笑んだ。
俺の笑顔を見て、ガイが顔を曇らせ一瞬はっと息を飲んだ気がしたが。
涙で潤んだ眼のせいで、そう見えたことにすることにした。
とりあえずは命を繋いだその日以来。
ガイは変わった。
毎晩、ガイは必ず俺を抱くようになったのだ。
野宿だろうと、怪我をしてようと、どんなに疲労困憊してようとも、だ。
以前は週に一、二度だった行為が毎日になると流石に辛いものがあるのだが。ガイの瞳を見ると、何も言えなくなってしまう。
まるで、親に置いていかれそうになって、必死で縋りついている子供の瞳。
切実に、俺を欲しいと訴えていることが分かり、結局はいつも与えている。
それに伴い、セックスの内容も随分変わった。
前のガイのセックスは、離れているのが惜しいというように、こちらの身体が壊れてしまう様な激しいものだった。
まるで刹那の逢瀬を愉しむ、一夜限りの相手との情交のようなそれ。
だけどそこには、確かな深い愛情があって。
求めてくれていることがガイの態が、とても嬉しかった。
でも、今は。
「ルーク、痛くないっ…?苦しくない?」
ただただ、優しい交わり。
肌を這う手は労わるように丁寧で、所有の痕を付けるのも躊躇っているように見える。
突き上げは奥深いが緩く、強い快楽が得られるものではない。
まるで何かに怯えている様なガイの愛撫に、俺は分かってしまった。
ガイが俺の身に起きていることを「知っている」のだと。
何もかも知りながら、何も言わずに毎晩俺を求め、その存在を俺の中に刻み込んでいる。
口を開かないのは、隠している俺を想ってのことなのかもしれない。
でも、そんな顔をされたらばればれだ。
昔から、俺の隠し事が下手だとからかっていたくせに。お前だって上手くないじゃないか。
「どうした…?」
「んっ…なんでも、ない…あ…」
顔に出さず笑っておいた。つもりだったけど、にやけていたらしい。
「よほど余裕らしいな」と手を伸ばしガイが俺の腋を擽ってきた。
「ちょっ…まって、まっ―あは…はははっ…」
冗談を含んだ触れ合いが嬉しくて、心の底から笑った。そんな俺を見て、ガイも笑ってくれている。幸せだと思った。
近い将来、俺にはきっと未来が無くなるのだろう。
つまり俺の人生は、平均的な寿命を生きる人より何倍も短いわけだ。
それでも、ガイの傍で生きた七年間。
たった七年だけど、他の人達に劣った人生を送ったとは思わない。
人生に時間なんて関係ない。どう生きるかが大切なんだ。
そうガイが俺に気付かせてくれた。生きる意味が、死を前にしてやっと分かったんだ。
神でもユリアでも、ローレライでもいい。それを教えてくれた彼を、どうか――――
やがて途切れた笑い声に、俺達は触れるだけのキスを交わし、再び深く交じり合った。
高みを目指し速くなる律動。それでも、昔の狂ったようなものには程遠いけど。
俺の余裕が確実に奪われていく。
「ルーク」
名前を呼ばれて固く閉じていた瞳を開けば、熱っぽいガイの瞳が眼に入る。
濡れているのは過ぎた快楽故か、あるいは。
「ルーク」
思わず肌が粟立つ程、優しく甘い声がその形の良い唇から零れ落ちる。それに胸がきゅうと締まった。
お願い。
そんな風に名前を呼ばないで。
願ってしまいそうになるから。
「ルーク――」
逝くのが、お前をおいて逝くのが、怖くなってしまいそうになるから。
感情の籠った涙を生理的な涙に織り交ぜ、俺は眦から零した。
ガイの想いの強さを受け留め切れず遠のく意識を、行為の疲労の為だと言い聞かせ俺は瞼を下した。
明日が続いていることを願って。
生きたい、とは思う。でも決して、生きたいとは願わないから。
だから。
神でもユリアでも、ローレライでもいい。
どうか、ガイを幸せにして下さい。
俺がいない世界で、ガイが幸せに笑えるようにして下さい。
置いて逝く俺がこう願うことは、厚かましいと分かっている。エゴだとも知っている。
それでも、俺は願わずにはいられなかった。
俺の命が消えるその日まできっと俺は願い続ける。それが俺の愛の形。
俺は何もかも悟ったような顔をして、ガイのことを何も知らなかったんだ。
そして知ることもないままに、この世界を去るのだろう。
それだけは、この時の俺でも分かっていた。
支離滅裂でまじですいません。時間のあるときに加筆修正します(汗)
おいて逝く現実を受け入れるルーくんが書きたかったのですが…
ガイsideを今度書きます。
2008.4.12