鎖と檻と、そして君 2
断続的に何かが窓を叩く音が響き渡る。
『がい、こわいよ…』
記憶を失い、自分の名前すら忘れた俺が漸く言葉を覚えた頃。
いや、正確には俺が生まれて一、二年経った頃か。
当時の俺は酷く臆病で。知らないものに必要以上に恐怖を覚え、よく震えていた。
『大丈夫だよ』
そんな時、いつも傍にいてくれたガイが必ず俺を優しく包み込んでくれた。
温かい体温を分けて、俺を慰めるように何度も背を擦る。
そうしていつの間にか俺は安心に眠りに落ちる。
そんなことがよくあった。
でも、確かあの日の俺は窓を叩き、音を鳴らすその存在が怖くて。怖くて。
いつまでもその温もりの中でぐずっていた。
そんな俺を困ったような、でもとても優しい眼差しでガイはその正体を教えてくれたのだ。
『ルーク。大丈夫あれは雨音だよ』
『あ…ま…おと…?』
『そう。雨っていう空から水が降ってくる現象だよ』
『あめ…?おみず…?あまいの?』
『う〜ん。甘くはないけど…。水は分かるな?ルークが大好きな水遊びで使うやつだ』
『うん』
『その水といっしょだよ。悪いことは何にもない。寧ろ大地が潤うし、汚れも落ちる。良い事尽くしだ』
『…?わかんないけど…こわくないの?』
『やっぱ分かんないか。…うん、でも。まあそう。こわくないよ。良い事してるんだから、
きっと雨はルークに仲良しになってもらいたいと思ってると思うな?』
『うん。るーく、あめとなかよしになるっ!!』
幼い言葉にガイは大きな手で頭を撫でてくれた。その日以来俺は雨を怖がることを止め、窓に当たる、
地に落ちる雨の音色を楽しむようになった。
俺の言葉に優しい笑顔を見せてくれるガイが、あの頃から変わらず大好きだった。
意識して初めて五感で雨というものを感じた日。
ガイのおかげで俺は雨にも、陽光を遮る雨雲にも恐れを感じなくなった。
全てを失った、否。何も持っていなかった俺に多くを与えてくれたのはガイだった。
ガイがいなければ、今の俺はいなかったと言っても決して過言ではない。
今、ここにある俺は仮初めに過ぎないものも多々あったが、全てを持っていた。
そう。
ガイ以外の全てのものを俺は持っていたのだ。
現実に鳴る、窓を容赦無く打ちつける雨の音に促される形で、俺は固く閉じていた目を開けた。
開いた瞳の先に待っていた世界は。
ガイのいない世界だった。
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2009.4.1