真夜中過ぎ、冷気を帯びた夜風に顔を撫ぜられガイは瞼を上げた。それに自然と眉間が寄る。

すぐさま上体を起こし、室内を確認すれば思った通り窓が開け放たれていて。

隣に並んだ寝台は、もぬけの殻であった。





むくわれたい想い





夜の街に駆ける足音が響き渡る。

都会の街といえど真夜中を過ぎれば大方の店は閉まり、人通りといえば、春を売る女やその手の店の勧誘者ぐらいである。

そんなものには目もくれず、ガイは街中を走りまわった。

過ぎる景色の中にちらほらある人々の目が、ガイの様に何事かという視線を送る。

外套を羽織らず手に持ち走る姿は、秋深まるこの季節の中で奇妙に映ったかもしれない。

そんな名も知らぬ他人の奇異の視線を気にもせず、ガイは裏通りへと歩を進めた。





漸くガイが足を緩めた場所は人通りはおろか、街灯すらほとんどない場所であった。

廃屋が建つ、奥深い狭い路地のなかほどまで来て、ガイは完全に歩みを止めた。

そうして闇が視界を占める中、瞳を閉じ辺りの気配を探る。焦躁心に逸る中、それを理性でぐっと抑え求めるものを捜す。

やがて、僅かな音がガイの鼓膜を揺らした。甲高い女の泣き声と、高質な音を鳴らす足音。

探し求めていたものと瞬時に察し、ガイはその剣術で鍛えた五感で音がする方へと駈け出した。



ああ。あの娘が泣いている。早く行ってあげなければ。

傍に寄って抱き上げてあげなければ。冷えた身体を温めてあげなければ。

あの娘はとっても弱いのに、強い振りをするから。

心が壊れてしまわないように、俺が守ってあげなければ。

幼い頃は虚偽の塊でしかなかった想いは、いつの間にか本意になり、やがては愛へと成長した。だが、時はすでに遅く。

彼には想いを伝える方法がこれしかなかったのだ。



「ルーク…」

声がする路地裏に入れば、予想通りのものが目に入った。

濡れた頬に乱れた紅い髪をはり付かせ、壁に背を預け地面に座り込む少女の姿。

手首には強く絞められたことが分かる赤い痕が付き、衣服は所々破れている。

其処から覗える肌や愛らしく膨らんだ乳房は、赤らんでいた。

無理矢理剥ぎ取られたと分かる下着が原型を留めずに、足首に引っ掛かっており、股の間からは濁った白い液体が零れ落ちている。

ガイは奥歯を噛み締め、ぎりりと音を鳴らした。

毎度の事ながら、ひどい惨状に腹が立つ。いいや、おぞましさに憎しみを越え殺意を覚えていた。

誰によってなされたことは、明らかであった。

先の角で会ったあの男。覗えたのは背姿だけであったが間違えようがない。

黒衣の法衣を纏った騎士。風に靡いていた毒々しいまでの緋色の髪。それが示す人物は一人しか思い当たらない。



オリジナルルーク。



今はアッシュと呼ばれている彼女の完全同位体の男。

ガイの家族を奪った男の息子であり、嘗てガイの最たる復讐の対象者であった。

あまりの怒りに、その背を追い掛けて叩き斬りたいという衝動が生まれる。しかし、今のガイには手をかけることの出来ない相手であった。

決して敵わないからではない。ルークが、悲しむからだ。

首を振り、今はあんな奴のことよりも目の前で傷付いているルークだ。

そう思い、ガイは今も涙を流し続け小刻みに震えるルークへと向き直った。

「ルーク…帰ろう?」

腕に掛けていた自分の外套をルークに纏わせ、虚ろな瞳と目を合わせる。ガイの姿を認め、少し安心したのか。

僅かに口元を緩め、ルークは静かに頷いた。

膝裏に手を差し入れ、肩に手を廻し華奢な肢体を抱き上げる。

ルークはすぐさまガイの首に腕を廻し、肩に顔を埋めて嗚咽を零し始めた。

そんな愛しい少女の様を見て、それでも何も言えずガイはあやす様に唇をルークの額に寄せ、来た道を引き返した。












2008.5.19