*ルーク視点です。
自分の心の奥底にあった感情を知った時には全てが遅かったんだ。
そうとも知らず、俺は初めて味わう甘酸っぱい感情に浮かれていた。
自分のあまりの愚かしさに嘲笑が零れた。
アクゼリュスを崩落させてしまった後。
ユリアシティで目が覚めた時、俺は身体に違和を感じた。下腹部に覚えのない鈍痛が響き、どことなく体中の節々が痛むのだ。
下着を確認してみると、薄い桃色の液体が付着していて。臭ったものからすぐに血液と分かった。
おそらく、無理して超振動を起こしたり、精神的に追い詰められたことから、月のモノが早まったのだろう。
このとき俺は、自分の身体の異変をその程度にしか捉えていなかった。
じっとしている暇はない。世界の為に、誰かの為に何かしたいといきり立ち。
俺はティアと一緒にすぐさまユリアシティを発った。
その先で再会したガイに、俺は今まで感じたことのない感情を胸の内から湧かせた。
向けられた笑顔に鼓動が高まり、隣に立つと何だか恥ずかしくて。でも、嬉しくて。
そして、いつか屋敷のメイドに寝物語にしてもらった恋物語を思い出し、この感情が恋情からくるものだと知った。
意識した途端、ガイは俺のことをどう思っているんだろうと、とても気になった。
気付けば無意識にガイに視線を送り、潤んだ瞳に「熱でもあるのか?」なんて明後日の気遣いをされることもあった。
額に触れる大きな手の感触が嬉しくて。愛しくて。
いつしか、溢れそうなこの想いを伝えたいと俺は思うようになった。
だけど、俺はレプリカで。ガイの家族を奪った男の娘で。世界の大罪人で。
そんな俺に好きだと言われてもガイは困るだろう。俺には想いを告げる資格はない。そう思った。
だけど、ガイはそんな俺の卑屈な考えさえも打ち破ってくれた。
犯した罪に苦しむ俺に、『幸せ』になっていいと言ってくれたのだ。
優しい笑顔で真剣に言われた言葉に、涙が止まらなくて。そんな俺をガイは優しく抱き締めてくれた。
ガイに告白しよう。そう決意した夜に、それは起きた。
真夜中に突然呼び出され、言われた場所へ足を向けるとアッシュは既にそこにいた。
「好きだ。あいつらのもとを離れて、俺と一緒に来い」
何事かと口を開きかけた瞬間、アッシュの口から紡がれたのは突然の告白。
「変なもんでも食ったのか」と、ふざけたことを言って場を茶化そうとしたのだが。
黒衣に覆われた手を伸ばし、俺の短くなった髪を梳いてくるアッシュの優しい手に。
彼の真っ直ぐ俺を見据える視線に、それが本心からの言葉と知った。
恋とは別の意味で胸が高鳴った。
正直に言えば嬉しかった。
アッシュの人生をめちゃくちゃにしたのに。普通なら彼に殺されても文句を言えないのに。そんな彼が俺を好いていてくれる。
この上ない、身の程知らずのことなのに。アッシュに好かれている事実を知り、俺は悦んだ。
でも、俺の心は既にガイにあって。
「ありがとう、アッシュ。気持ち、すごく嬉しい。でも、俺ガイが―――」
「好きなんだ」と続けようとした口は、アッシュの唇によって塞がれた。
油断し切った俺の口内に、容易にアッシュは舌を差し入れ、余すところ無く蹂躙する。
「なにすんだっ!!」
俺は渾身の力でアッシュの腕を押し返した。二三歩たたらを踏んで、僅かな距離が出来る。
それに少し安心して、非難の目をアッシュに向けた。
一瞬眼に入った、アッシュの傷付いた様な顔に心が痛んだが、ガイを想う気持ちを曲げるわけにはいかなかった。
「おれ、は…俺は、ガイが好きなんだっ!」
胸の内に溜めていた想いを初めて声に出す。
ガイに言ったわけでもないのに、ずっと言いたかった言葉を言えたことに俺は満足を覚えた。
音にしただけなのに、耳に入っただけなのに。想いが伝わったわけでもないのに、俺は確かに幸せを感じていた。
人を好きになることの素晴らしさを知り、こんな状況にあったのに俺は幸福に浸っていた。
この時までは。
2008.5.19