*ルーク視点です。





「…おちない………」



夜半過ぎ。漸く解放された俺は痛めつけられた身体を引き摺って、何とか宿に戻った。

足を忍ばせ部屋に戻れば、予想通りガイはいなかった。

最近ガイは俺と同室になると、明け方まで帰って来ないことが多い。

酒場で時間を潰しているように飲んでいると、いつかジェイドに聞いたことがある。

いつもならそれを寂しく思うのだが、今日は救われた。こんな姿をガイに見られたくはなかったから。

取り合えず、シャワーでも浴びようと浴室へ繋がる洗面所の扉を開いた瞬間。


「―――っ!!」


鏡に映った自分の、あまりの惨状に息を飲んだ。

頬は腫れ上がり、衣服は無惨に引き裂かれ、腿を伝って白濁が零れ落ちている。明らかに乱暴された女の姿。

人目を忍んできたとはいえ、よくもまあこんな格好で街中を歩いて来たものだ。

自分に変な関心をしていたら、眼から生温い水が出てきて。

「ふっ…うぅぅ…」

いつしかそれは、溢れ出した。

俺は自分が急に汚らしく思えてきて。洗面台の蛇口を思い切り捻ると、流れる水を掬い取り、肌を擦った。

乱暴な手付きに肌は赤く染まり、塞がりかけた傷が開き鮮血が零れる。

もう戻れるわけでもないのに、俺は水を掬っては肌に擦りつけた。

「おちない…おちない……」

皮膚がふやけるくらいに手を、腕を洗ったのだが、まだ何かが纏わり付いているような気がして。

再度、手を水に伸ばした時だった。



「ルーク…?」

僅かな扉の開閉音と共に、扉の向こうから現れたのは愛して止まない男の姿で。

「これは…ルークっ!一体、どうしたんだっ!!」

俺の姿を見るなり、すごい剣幕で歩み寄り赤く染まった腕を取り詰め寄ってきた。

ああ。ガイにだけは、見られたくなかったのに。知られたくなかったのに。

どこの世界に、好きな人に自分が蹂躙を受けた痕を見られたい奴がいるか。

見られたい訳がない。俺も例外なくそれに当てはまった。それなのに、見られてしまった。

「アッシュが、好きなんだ…」

誰にやられたんだと問い詰めるガイに、俺はこれ以上自分が惨めにならない為に嘘を吐いた。

「アッシュがナタリアを好きなことは知ってるだろ…?でもあいつ、素直じゃねぇじゃん?だがら俺は身代わりで…」

アッシュの想いすら無碍にする、酷い嘘をも吐いた。

「でも、俺はいいんだ…。アッシュが、好きだから……」

自分の保身の為に、アッシュの想いまで冒涜する。こんなに穢い俺はガイに釣り合わない。

自分にそう思い込ませる為に、ガイに軽蔑してもらう為に俺は偽りの想いを言い続けた。

「ルーク…」

それなのにガイは俺の身を引き寄せ、真綿を包むように優しく抱き締めた。

落ち着かせるように名前を呼びながら、優しく髪を撫でてくる。

ガイの温もりに、ついには、俺の双眼から封を切ったように驚きに止まっていた涙が再び溢れ出した。





ガイ、ガイ。ガイ。お前、優しすぎるよ。

ガイの優しいところは、俺の大好きなところの一つだけれど。

優しさが辛い時もあるんだよ。





いけないと思いつつも俺は与えられた広い背中に縋り付き、声を上げて泣いた。

ごめんなガイ。俺、弱くて。

ひとりで背負わなきゃいけないって、分かってるのに。

まだ、一人で立つ勇気が持てないから。あと少しだけこの背を貸して欲しい。

もう少ししたら、必ず自分だけの足で立つから。

俺は心の中でひとりそう誓い、今は与えられる温もりのままに縋り付いた。












2008.5.19