腕の中に愛しいその存在を閉じ込めると震えていることが分かった。
それに少女の恐れを知り、己の行動が先走ったものであったことを知る。
少女も分かっているのだろう。
自分に想いを寄せている男と同室になることが意味することを。男が何を望んでいるかということを。
確かに欲しい。
ルークの純潔が、それはまさに喉から手が出るほど欲しかった。
だが、それはあくまでルークの想いがあることが前提である。
彼女が憎からず自分を想っていてくれていることは感じている。
そうはいっても、それはまだ色恋に繋がる様なものではないのであろうが。
一方的な行為など望んでいない。
愛を伝えあって、想いを伝えあって。
それがあって初めて意味を成す行為だと考えていた。
そう思っているものの、内に秘める欲望から衝動的に強引に抱き締めたり、口付けてしまう己の浅はかさがまた愚かしいことで。
全ては愛しさゆえの行為だと分かって欲しかった。
それが己の利己だと知りながらも。
だから―――
Silent love 7
だから、少女が口にした言葉が信じられなかった。
決して許されることのないと思っていた行為の同意。それとれるものが少女の口から発せられたのだ。
それ故、咄嗟に反応出来なかったのは当然のことなのかもしれない。
「今……なんて…?」
一句一字逃さず紡がれた音を耳に入れたにも関らず、ガイは疑問を発し、再び同音を発するよう少女を促した。
「え、…あ、あの……だから、シャワー…浴びてくるから……その、………待って…」
もう一度口にすることが、羞恥を煽り余程恥ずかしかったのか。
ルークはガイの顔から視線を逸らし、各客室に備わっている簡易式の湯殿へと続く扉に目だけを向け凝視していた。
先程まで女性陣と共に宿の大浴場に浸かると宣言していたのに、この心変わりの行動が意味することとは。
自分には逃げる意思がないということ、男への誘いと知っての行動だった。
「なに……?」
「だ、だから……その…抱くなら…綺麗な身体の方がまし…だろ?……傷はどうしよもないけど…汗とかは…」
ルークはガイに自分が言いたいことが伝わっていないと誤認し、再び誘いと知る言葉を口にする。
だが、そんなことはあり得ない。ガイはルークの言葉を正しく理解していた。
自分に身体を捧げるルークの意思を。
ルークのことがずっと好きだった。
それこそ、この感情は初めてその赤を目に入れた時からあったのかもしれない。
あの誘拐事件の際、バチカルの屋敷に帰って来た少女の夕焼け色の髪を目に入れた時。
心を偽るように色褪せた色だと嘲りながら、胸の奥では今まで見たどんなものよりも美しいと魅せられていた。
己の胸の内にあるものはもはや恋情なんて甘く、優しい言葉などには到底当てはまるものではない自覚があった。
きっともっと禍々しくて、穢れたものだ。
だが、そこには確かに愛があるのだ。それを分かって欲しかった。
それなのに。
何の反応も示さないガイの態に焦れたルークが服の釦に指を掛け、ゆっくりとした動作でそれを外していく。
その指先は明らかに震えており、少女の怯えを様々と表わしていた。
不意に、その手を取り行動を奪う腕が伸ばされた。
「ガ…イ…?」
男の意図を推し量ることが出来ず、疑問を含んだ問い掛けと共に指先にあった視線を上げた。
瞬間。
見なければよかった。そう思う表情が其処にあった。
一見、何の感情も浮かんでいないように見える男の顔はこの世の憎悪を全てかき集めた様な怒りに満ちたものだった。
そう、感じさせるものがあった。
こんな感情を表せる人間がいるのか、そんなことを他人事のように考えていたルークの身に突然衝撃が走った。
「か…はぁっ、あ…」
自身の真正面から押され、背後にあった寝台に否応なく倒れ込むことになった。
気管が圧迫され乾いた音が空気と共に漏れ出る。
咄嗟に起き上がろうと身を起こそうとしたが、次の瞬間には強い力で押さえ付けられ叶わなかった。
「なっ…!」
あまりに突然のことで何が起こったのか、未だ理解が出来ないルークの身に更なる異変が襲う。
ガイがルークの胸元に手を掛け、それを左右に引き裂いたのだ。
流れるような動作で下着までを引き裂かれ、そのまま強く現れた胸を掴まれる。
「痛っ…」
ルークの上げた悲痛の声に構いもせず、ガイは荒々しく手を滑らせ、まだ誰も侵したことのない無垢な身体を強引に開いていった。
ガイの別人のような行動に混乱の淵に落とされる。
ガイに身体を渡す。ガイの望むことに応える。
これでいいのだ。これこそ自分の求めていた贖罪。
そう、さっきまで確かに思っていたのに。
脱ぎ捨てたられた服の下から現れたガイの男の裸体に、雄の欲が入り混じる眼光に感じたことのない類の恐怖が湧き上がる。
「や…や、だぁ!!嫌だぁ!」
ただ怖くて。ルークはどんなことがあっても口にしないと誓った筈の、ガイを否定する言葉を口にし、拘束を解こうと滅茶苦茶に暴れ出した。
失いたくないから、大切にしたいと願っていたのに。
大切だから、傷付けたくないと願っていたのに。
双方、心に秘めていた願いは相手に届かず、ガイの凌辱はルークを傷付け、ルークの行為の否定の爪跡はガイを傷付けた。
「どうしてだ…?お前はこうして欲しかったんだろ…?」
「あ、えっ……く、ふぅ」
自分がどうしたら良いのか分からず、ただただガイの荒い手を恐れ涙するルークの頭上から声がかかる。
だが、優しい手が持つ、秘める荒々しい姿を知った驚きと恐怖から声が震えて答えられなかった。
「ルーク…」
何の反応も返さないルークに焦れたのか、返事を待たず掛けられたガイの声にルークはあからさまに身を震わせる。
目を固く瞑っていた為にその声が硬質なものに感じたのだ。
それにガイは自分の成したことの大きさを知り、伸ばしかけた腕を戻した。
そうして、皺になったシーツを手繰り寄せ、身を空気に晒したルークに掛けると寝台を降りる。
いつもの、ガイの優しい手だった。その温もりが唐突に離れ、遠くなる足音から扉に向かっていることが知れた。
「悪かった……でも、お前も悪い……。こんなこと言う資格、俺に無いけど……」
戸の取っ手が鳴ると同時に紡がれた言葉を最後に、ガイの姿が完全に部屋から消えた。
日が暮れ、明かりもない闇が占める空間の中、身を起こす。
衣擦れの音が響いたことが室内に独りきりであることを強調していた。
さっきまでガイと二人でいることがあんなに怖かったのに、今は寂しく思っている自分がそこにいた。
なんて嫌な女なんだろう。
自分が男だったらこんなレプリカでどうしよもない女願い下げなのに、ガイは何故自分を想ってくれるのか解らなかった。
きっと、復讐のためだと言い聞かせていた。
自分の淵に潜む、想いが育たないようにする為に。
でも、ガイの言葉はどれも『本当』だということ示している。
ガイの真撃な言葉の数々を思い出すだけで胸の内が熱く、苦しくなる。
それは、これ以上育ててはいけないと認識している想いの肥糧となる感情。
だから、優しくなんてして欲しくなかった。
己がこれ以上思い上がらないようにするための。
こうすることでガイを満たし、自分を軽蔑してもらい許して欲しくなかったのだ。
だが、結果は己の無知ゆえに恐怖し、彼を傷付けてしまった。
「ガ、イ……」
彼を想い涙するのか、自分が可哀想で涙しているのか分からなかった。
ただ、透明の雫は流れ落ち続けていた。
扉の向こうにもう彼の気配はなかった。
想いの伝え方が分らない、想いを伝えていいのか分らない。
2008.4.13