<B>あの日の空の色・後</B>


あの日の空の色・後



思春期と言われる時期から、ルークに対するこの想いの正体を自覚してから、何度も頭の中で思い描いていたこの行為を現実で愛す

るルークと行っている。

そう頭の片隅で認識するとガイの心は高揚した。

ただえさえ、ルークの唇は柔らかく、熱く甘い。長年積もらせたルークへの恋情も手伝い行為は更に加速し、ガイは角度を変えて何度

もルークに口付けた。




(やばい…止められない……)




強いと自負している自制心が崩れ、本能がもう自分でこの行為を止められないと告げている。

我慢できなくなり、服を剥ぐ為にルークの胸元に手をかけた時に気付いた。彼女の様子に。

「……んっ、んんっ………うっ……」

快楽を含んだ甘い声、ともとれなくは無いがルークの顔は蒼白で苦しげに歪んでいた。

思えば、おそらく彼女は初めてこの口付けという行為をしたのだろう。


ガイもだが。


もしかすると、いや十中八九、いやいや確実にルークはこの口付けという行為中の呼吸法を知らないに違いない。

ということは、ガイがルークの唇を塞いでから彼女は一度も呼吸をしていないということで。

そこまで思考してはっとし、多少名残惜しいものの急いで唇を外した。

途端ルークの口が大きく開き、小さいとは言い難い双丘が激しく上下する。

その様にガイは自分の余裕の無さを自覚する。ガイも口付けを交わすのは初めだった。しかも相手は長年想ってきた女性だ。

その事実が必要以上に神経を刺激しおそらく、通常その行為で感じる以上の快楽を自分に与えたのだろうとガイは解釈した。


その結果がこれだ。


身に余る快感が相手を気遣う思考すらも奪い取り、危うくルークを窒息死させてしまうところだった。そんな死に方をした女がいた

とか、いないとか。そんな話を昔、邪な本で読んだことがあった。なんと甘く恐ろしい殺害方法なのだろう。

「…ひっ、……ひっ…く、うっ……っつ…」

少女特有の甲高く悲しげな喘ぎがガイの身体の下から零れ始め、過去に享受したそんな馬鹿げた知識の反芻からガイを遠ざけ、現実

に引き戻した。

眼下には堅く目を瞑り、口元を小さな白い手で覆って必死で溢れる嗚咽を押さえようとしているルークがいた。

白いシーツの上で美しい夕焼け色の髪は乱れきり、どの宝石よりも勝る輝きを持つ翡翠の瞳は瞼の奥深くに仕舞われて見ることは叶

わない。只只、彼女の無垢なる心の様に透き通った液体が白い頬の上を滑り落ち痕を残していた。

そのあまりに痛々しい姿にガイは息を飲み、自分の浅はかな行動を恥じ、後悔する。

「―――っ…ごめん…ごめんな、ルーク…ごめん、ごめん」

ガイは悲痛と反省を含んだ謝罪の言葉を、自らの下で震え泣き続ける、愛しい少女に投げかけ続けた。

細い腰に腕を回し優しく抱き締めると、ルークは一瞬身体を強張らせるがすぐさま力を抜き、その温かな抱擁に身を任せて何度もこ

くこくと頷いた。

















「…ルーク……?」

どの位そうしていたのか。

正確な時間は分からないがそう長い刻は経っていないだろう。先程自分の施した過ちに酷く傷ついた彼女は落ち着きを取り戻し、深

く穏やかな呼吸を繰り返していた。

眠ってしまったかと思い、ガイは大きな手を赤みを取り戻した滑らかな頬に這わせ、甘く優しい声色で愛しいその名を呼ぶ。

途端、僅かに濡れた翡翠色をした瞳と目があった。

「あっ………」

不意の事だった為ガイは驚き、その空色の瞳に動揺の色を浮かべた。それにルークはしてやったりと悪戯に笑んだ。

その笑みに先程の熱がまた蘇らされ、慌てて理性を総動員させて欲望を押さえ込む。ルークはガイのその様を見て、今回の事で男が

このような様子とき何を考えているのか学んだのか苦い笑みをガイに向けた。

思わずガイも苦笑が零れる。

(これ以上は…無理させられないな……)

ルークの怯えを感じ取りガイは離れる為に寝台に預けていた身を起こそうとした。

が、腕に其れを押し止める手が絡み、動作が止められる。

視線を落とすと、先程とは宿す感情が異なる濡れた緑眼と逢った。



ルークだった。



そして組み敷かれていた上体をやや起こすと、ガイの耳元で囁いた。



(軽いやつなら――――)



ルークはそれだけ言うと、身体を元にあった位置に戻した。

穏やかな柔らかい笑みを浮かべた顔が、ガイの視界に戻る。

それにガイは驚き、目を丸くした。ルークがまたしてやったりと悪戯なそれを見せる。

ガイも彼女に習い笑むが、それは情けない苦々しいものだった。ルークは吹き出しそうになるのを堪え、ガイの頬に自らの小さな手

を添える。

心地良いその感覚に、ガイはいつもの女性なら誰もがうっとりと見惚れる優しい笑みをルークに向けた。

そしてルークの紅く色付いた唇を長い指でなぞり、端正な顔をその表情のまま近付けてくる。

それにルークはゆっくりと瞼を下ろした。てっきりそのまま口付けられると思っていたのに、自分の唇と彼のそれが触れる寸前に、

ガイは予想外の攻撃を仕掛けてきた。








「好きだ」

「…っ!!」



その言葉がガイの薄く形の良い唇から紡がれると同時にルークは反射的に目を見開き、今告げられた言葉を聞き返そうとした。

だがそれを発した青年はその愛の言葉を一言告げた後に、即座に口付けてきた為彼女は話すことが出来なくなってしまった。



空色と翡翠の視線が至近距離で交わる。



それが酷く恥ずかしく、ルークは瞬間的に目を瞑る。

その彼女の行動にガイは心の中で細く笑み、主導権が自分に還って来たことを密かに悦んだ。

ルークは見ることは叶わないが、おそらく瞼の向こうのガイは楽しげに目元を緩ませているのだろうと容易く想像し、後で覚えてい

ろよと心の中で逆襲を誓った。


何度か啄む様な触れるだけの口付けをした後、ガイはゆっくりとルークの唇を離した。

それに合わせてルークは瞼を上げた。翡翠の瞳がと目が逢う。その宝石は熱を含み潤んでいた。

「俺には、お前が必要だ――。」

「うん…。」

「俺はこの世界でルークが一番大切なんだ。」

「…っ、うん。」

「もう、あんな自分を卑下すること言わないでくれ。」

「…うん。」

「俺の傍に、ずっといて。」

「うんっ……」

ルークはガイの懇願一つ一つに、大きな翡翠から涙を溢しつつ、従順に頷き続けた。

やがてガイの願いが尽きると、二人はもう一度触れるだけの幼い口付けを交わした。

その後互いに微笑み合うと、ルークが小さな手をガイのそれに絡めてきた。そしてここ最近見せてなかった、普段もガイにしか見せ

ない特別な、美しい大輪の薔薇が咲くような輝く笑みを零した。

しかもそれは今まで見た中でも最たる愛らしさで、強く自分を惹き付ける。

滅多に見れぬその様に激しい情欲が牙を剥きだそうになる。

自分の下に組み敷いた、密着する柔らかく温かい肉もガイの獰猛な欲を煽り、口付け以上の接触を望む心を否応無しに促す。

いけない、と首を浅く左右に振り欲望を散らす。

一度身体を離した方が良さそうだと、僅かに残る理性が告げている。彼女とこれからの長い人生も付き合って行きたいのならばこの

警告に従った方が良さそうだと思い、名残惜しいながらも腕を立てて上体を起こした。









「俺も、好き…」









これ以上の欲望を持たないようにする為、逸らしていた眼下から。

愛しい人の可愛らしい告白がガイの耳に届いた。


「すき…」


視線を彼女の方に戻すと、今度は目を逢わせながら先程のものより恥じらいの色が濃くなった声色で、もう一度同じ愛の言葉がその

愛くるしい唇から伝えられる。

「さっきの、返事な。」

とルークは付け足した。

それがまた殊更可愛らしい。ガイは自分の情欲を煽るルークのその行動が無意識と理解しているのだが、どうしても自分を誘ってい

るようにしか思えない。

本当に彼女は俺をを挑発する技術に長けている。そんなことを頭の何処かで考えながら、最後の理性の糸が切れたのを身体の器官

で認識した。

自分の性を著す処を中心に、自慰では冷ませぬ熱が身体を駆け回り始めてた。

どうやら強いと自負していた自制心は、ルークの前では意味をなさないどころか、無いに等しいようだ。





「……………ガイ?」

先刻よりも厚い熱を含み潤んでいる空色に、その形の良い唇がら漏れる艶っぽくも荒い吐息に、何らかの違和感をルークは本能で感

じ取り、ガイの名を疑問の意味で呼んだ。

だが今のガイにとってはそれすらも、行為を促す引き金となった。

ガイはルークの手を取ると、その白い肌に口付けてた。最初は掌にそれを施し、舌を這わせながら唇を段々と下へと運び、辿り着

いた手首に強く吸い付いた。

途端に擽ったさとは異なる痺れがルークの身体を走る。

下腹部に感じたことのない感覚を感じる。それに怖くなり、ルークは未だ手首から唇を離さない、絶大な信頼を置く愛しいガイに縋

るような視線を向けた。

そこには今まで逢ったことの無い彼がいた。

熱っぽい空色は先程と同じなのに、それ以外は全てルークの知っている彼とは違った。

刺さるような空気を纏いその様に彼が自分にこれから成す事を避けられないことを、好きなら享受すべきことだと悟った。

自分の愛する彼に、自分を愛してくれる彼になら何をされても良いではないか。

ルークは覚悟を決めると身体に込めていた力を抜き、目を緩く瞑り、彼を受け入れる体勢をとる。



「ルーク………」



ルークの決心した態度に、ガイは独りよがりでは無い事が解り嬉しく、愛しさを含んで名を呼んでくれた。

それに酷く安心して、ルークは身体の奥底から悦を感じた。

そしてガイが繋がるための、ひとつに成るための愛撫を施し始めようとルークの服に手をかけた正にその瞬間。















「焦がれ烈風、大気の刃よ、切り刻め―――タービュランス!!」

聞き慣れた譜術が宿屋の扉を吹き飛ばし、見知った顔が一人、また一人と部屋に駆け込んで来る。

そしてガイがルークをベッドの上で組み敷いている眼前の光景に、皆驚愕の表情を浮かべている。

しかしルークを正に今から食べちゃいますという体勢をとっているガイを見て、アニス、ティア、ナタリアが次々と自我を取り戻し、

ガイに、いや無垢なる少女を襲いかかっている狼に憤怒の表情を向けた。

「ガ〜イ〜?これは一体どういうことかなぁ〜?アニスちゃん、分かんな〜い」

「ルークの悲鳴が聞こえたと、大佐に言われて来てみれば………!ガイっ!!見損ないましたわっ!!貴方は紳士だと思っていまし

たのにっ!軟禁されていて、それについての知識を持たない事を良い事に、私の可愛い従妹のルークをっ………よくもっ!!」

「乱れた衣服、乙女の涙…。ガイ様、華麗に最低ですね。…いや、この場合、害様かな?」

各々ガイに対する思い思いの罵倒を一通り吐いた後、アニスはトクナガをいつもの戦闘の時の様に巨大化させ、ナタリアは弓を引く。

合意の上で行おうとしていた行為だと明らかに気付いている鬼畜眼鏡は、その常人の持たない緋色の瞳を楽しげに揺らしながら上級

譜術の詠唱を始めた。

味方マーキングが外される。

(やばい、このままじゃ死ぬ!!)

そう悟りとりあえず未だ惚けて思考を失っている、愛しいルークの乱れた夜着を整えてやると振り返ると、ただ一人ガイのルークへ

の浅くない想いに、ルークの本心に気付いていた、栗色の少女に支援を求める視線を投げる。

だがその少女、ティアは左右に首を振った。

この事態が本当にどうにも成らない事を悟る。

ならばせめてルークにその様を見られたくないと思い、この現状について行けていない彼女をベッドから立たせると、ティアの方へ

その身を押した。

懇願を含んだ視線を送ると、ティアは静かに頷き押されて傍に来たルークをどこから出したのか、毛布でくるみ災害の被害者の様に

して部屋から連れ出した。

ガイはその小さな背を目に焼き付けると、目を閉じこれから施される衝撃に耐える準備をした。

閉じた瞼の内側で、愛しい彼女の笑顔を見た。幸福に胸が酔いしれる。そんな彼の眼前には、怒りを含んだトクナガの鉄拳が迫って

いた。















オールドランド一、頑丈な造りをしているユリアシティの一部を破壊する程の激しい私刑により、ガイは普通の医療機関ではとても

手が施せず、ベルケンドに護送された。

その後二週間、ルークはガイに逢う事は無かった。

見舞おうとはしたのだが、主に女性陣にガイとベッドの在る所で会っちゃ駄目と止められた。

更に皆と行動を共にしている時は、何故か二メートル以内に彼の気配を感じる事が無くなった。

それにルークは少し寂しさを覚えたとか。覚えなかったとか。



















手首の内側に贈られた、口付けの意味をルークはまだ知らない。




















2007.12.31