延長した午前の授業にガイは舌を打った。 時刻はとうに正午を過ぎており、昼休みも半ばに差し掛かろうとしている。 階段の踊り場の窓からはどこまでも続く青空が見えていた。 『天気のいい日は、屋上でメシくおうぜ』 以前交わした約束を彼が覚えているのなら、この先で腹を空かせてまっているはず。 好きな奴にこんなに長い時間空腹を感じさせるとは、なんと自分は甲斐性が無いのか。 そんな一般の高校生ならば考えないことを頭に浮かべながら、ガイは二人分の弁当を抱えて足を速めた。 Flavor of Life 「ルーク……」 息を切らせ辿り着いた先には、ガイがまさかと懸念していた状態のルークがいた。 太陽の光を受け、見事としか言いようのない世にも珍しい、輝く美しい紅の髪。 身に付けるシャツから際どく覗く絹のように肌理細やかな肌。 閉じられた眼を縁取るように生える睫は驚くほど長く、女と見紛うほどの美しい容貌。 そして無防備な寝顔を携え、屋上の床に横たわり寝息をたてている。 思わず溜息が出た。 ガイとルークが通うこの中高一貫校の学園は男子校である。 巷では品性良好、真面目で勤勉な生徒ばかりが通う名門学校と言われているが、所詮は雄という名の狼ばかりが在学している。 女子がおらず、更には全寮生という閉鎖されたこの空間では、思春期の色々な欲望が溜りやすくて。共食いも十分あり得る環境なのである。 その学校で、極上の羊の部類に入るルークはいつその餌食になってもおかしくなかった。 というか、ルークが高等部に入学して半年。 実際にルークの貞操が奪われそうになったことが何度もあったのだ。 人懐こいルークはすぐに他人を信用する。 結果その愛らしい態が欲走った男を駆り立て、身を危険にさらしてしまう。 その度にガイは身を呈してルークを守ってきた。 時には襲った男を殴り倒し、またある時には強請りを掛け学園から追い出したこともあった。 昔、姉などには天使の様に優しいと言われた自分がここまで黒い奴になるとはと自嘲しているが、ガイはこんな自分が嫌いではなかった。 ルークを守る為に出来た人格なのだから悪くない。そう思っていた。 今の自分にはどんな輩からもルークを守り抜く自信があるし、ルークが頼ってくれることに悦びを感じる。 だが、それとこれは別で、守れるからといってルークが襲われるのはやっぱり頂けないことだ。 それ故にガイは常日頃から、『男に隙をみせるな』という注意を口酸っぱくいってきた。 だが奔放なルークはその忠告を中々守ってくれない。 すぐあれこれ自分から問題事に首を突っ込んでくれる。 その為ガイの苦労は絶えなかったが、自由気ままのルークの様は大変愛らしく。それでもいいか、と溜息と共に苦笑を零すのがガイの常となっていた。 「ルーク、起きろよ。昼飯持ってきたぞ」 「う、……ん…」 愛らしい寝顔をずっと見ていたいという気持ちなのだが、昼休みも後半に入っている。 そろそろ食べ始めないとゆっくり咀嚼することも出来なくなりそうだと思い、ガイはルークに悪いと思いながらも肩を揺すった。 だが、生来寝起きの悪いルークがそんな微弱なもので起きるはずもなく。 僅かな呻きを吐息と零すだけであった。 「…っ」 そして、それにしてやられるのはいつもガイであった。 ルークはどんな動作でも愛らしいが中でも取り分け、覚醒に近付くルーク、寝起きのルークは本当に可愛い。 睫を震わせ目元を擦る姿は子猫を思わせガイの欲を滾らせる。 「ルーク…」 そして今日もその欲に負け、いけないと知りつつも震える瞼に軽く唇を寄せた後、薄く開いた淡い唇にキスした。 自分のことを棚に上げ、他者がしたことを散々非難したが、ルークにとって一番の狼は自分だったのだ。 眠っているルークにキスをする。 寝込みを襲うという、この人道を外れた行為を始めたのは昨日今日のことではなかった。 彼への気持ちが芽生えたその瞬間から行っているのだから、始末におけないと自分でも思う。 以来、幼馴染という立場を最大限に利用しルークの隣にいつもあり、ルークが隙を見せた際、無断で唇を奪ってきた。 目を開けば苦しくなった呼吸に、眉を寄せるルークがガイの瞳に映る。 この息苦しさが、唇をキスで塞がれていることから由縁していることをルークは知らない。 『ファーストキスってどんな味がするんだろう』 いつか無邪気にそう呟いたルークの言葉が頭を掠める。 女の子との思春期の淡い恋愛を夢見ているルークにとって、ファーストキスは正に憧憬の的で。唇ってどれくらい柔らかいのかな。と続いた言葉にガイは心を痛めた。 自分に気持ちが向いてない事実を示すその言葉にも勿論傷付いたが、それ以上にルークが大切に思っているそれを自分のエゴで勝手に奪った自分が恨めしかった。 もうとっくに俺と済ませているよ、なんて言葉は冗談でも言うことが出来ず、ガイは「さあな」と苦笑を返すことしか出来なかった。 あれから数年の時を経たが、未だに自分は前にも後ろにも進んでいない。 性懲りもなくこの浅ましい行為を繰り返している。 ルークにとって自分が恋愛対象になることがあるのか聞いてみたかったが、関係が壊れるのが怖くて明確に聞く事も出来ないのだ。 だが、いつまでもこうしていられる訳はないとガイは分かっていた。 年齢を重ねるごとに、世界を広げるルークが自分の傍を離れる日はそう遠くないだろう。 その時自分はまた想いも告げず、ただ傍に在りたいとルークにしがみ付くのだろうか。 自分の想いと同様に、それはきっとルークの重荷にしかならない。 決断の時が迫っていた。 「ふっ…う、…ん……」 「…っ……あ…」 気が付けば、深くなる一方の口付けの息苦しさに涙を零すルークがガイの下にいた。 ルークの唇の甘さに酔い思考に浸った結果、欲に歯止めを効かすべき理性が働かず、無意識に舌を差し込んでしまっていたらしい。 ルークの覚醒を恐れ、ガイは慌てて離れた。 直後、呼気を吸う為ルークは口を大きく開き、不穏な呼吸を繰り返す。 そして、酸欠に働かない頭をそれでも何とか動かしながら、ルークはゆっくりと瞼を上げ上体を持ち上げた。 「あ…ガイ…。おはよ」 「お、おはよう…。」 体をほぐすために一度伸びをし、首を回す。 その際視界に入ったガイを認め、ルークは緩んだ顔で目覚めの挨拶をした。 涙の痕が残る笑顔にガイの良心が痛む。 覚醒ぎりぎりまでその唇を貪っていた為、もしかして気付かれたかもしれないと思ったが杞憂に過ぎなかったようだ。 ルークは呑気に猫が顔を洗う様に眼尻を擦っている。 気付かなかったという事実にガイは安堵するも、それに少し残念な気持ちにもなった。 もしかしたら、互いの関係を変える起点になったかもしれなかったからだ。 「あっ!そうだ!ガイ、ガイ飯!!もう待ちくたびれたぜぇ〜」 「あ、ああ。ほら」 「さんきゅ、な。いつもほんと悪ぃ」 「気にすんなよ。好きでやってるんだから」 遠回しに告白を試みるも、鈍感なルークが気付く訳もなく。僅かに顔を染め、ありがとうと感謝を重ねると弁当を広げ、ぱく付き始めた。 本当に嬉しそうに、幸せそうに食べ物を口に入れるルークの姿は可愛くて。 その笑顔を与えたのが自分であるということに、ガイもまた幸福を感じた。 もう少し。もう少しだけ、この居心地の良い関係を楽しもう。楽しませて欲しい。 ガイは自分の我儘を心の中で呟くと、幸せに笑うルークを見ながら自分も弁当を開いた。 「そういえば、さぁ」 「ん?」 「なんか、さっき寝てるとき息苦しくてさぁ。悪ぃ夢でも見てたのかなぁ」 俺、魘されてなかったか?というルークの問い掛けにガイはまた苦笑いしか返すことが出来なかった。
6666HITありがとうございましたww とっても迷いましたが、今回は苦手な現代学園パロを書かせてもらいました。 ありきたりな話ですいません。参考書を買って勉強したのですが、濃過ぎて参考に出来ませんでした(汗) 始めはルク子にしようとしたんですが、女体化にするとスイートフォーティーンと被った上に色々素っ飛ばした関係になりそうだったので止めました(笑) 私の書くガイはヘタレな癖に遠慮という言葉を知らないので。 スイートフォーティーン+を書き上げたいのですが、やっぱりガイが思うように動いてくれません。 ヤツの暴走を止めるにはどうすればいいのでしょうか?……やっぱり袋叩きしか…? 格好良いガイが書けなくて申し訳ありません。 2008.4.2 ブラウザバックでお戻りください |