とんでも☆ナイト 前









俺は二年と一か月前、この世の絶望を感じ地獄を見た。

ルークを、それこそ自分の命よりも大切な人を失い、彼女のいない世界を知ったのだ。

その世界は正に地獄と言うに相応しいものだった。

ルークが戻って来ない日々は俺にルークの死を連想させ、二年という歳月は俺をどん底に突き落とすには充分な時間だった。

何を見ても、何を聞いてもなんの感情も浮かず、この世界にあるもの全てが色褪せて見えた。

ルーク一人がいないだけで世界に何の感慨も持てなくなってしまったのだ。

むしろ、ルークの命を奪って生き長らえた世界を恨むようになってしまっていた。



何でこんな人の命を吸い取るだけの世界が今も生き、お前が消されなきゃいけなかったのか。

どうしてこう、俺の大切なものを次々と根こそぎ奪っていくのか。

お前の命を犠牲にしなければ成り立たない世界なんて、いっそあの時滅んでしまえば良かったんだ

いつの間にかそんな風に考えるようになった自分がいたのだ。



いつ第二のヴァンデスデルカになってもおかしくないような心情を抱えながら、それでもルークと交わした約束にしがみ付き俺はぎりぎり正気を保って生きてきた。



逢いたい。いつか逢える。きっと逢える。

その何の保障も無い願望に縋って二年の月日を過ごした。



その執着が功を奏したのか。





一か月前、奇跡が起こったのだ。

あの約束が成就されるようにと、いつの間にか習しのようにして嘗ての旅の仲間で集まるようになったあの地で、ルークと再び見えた時の奇跡を俺は生涯忘れないだろう。

二年ぶりに触れた頬は変わらず滑らかで、その精霊と見間違うような美しさにこれは己の願望が生み出した夢なのではないかと当時思ったことが思い出された。



「ただいま」

優しく鼓膜を揺らしたあの時のルークの声は、俺の脳裏に鮮やかに焼き付いた。



もう一時も離れたくない。

この一か月間、ルークをファブレから奪う画策をした。

結果、それが今日やっと実り俺とルークは夫婦となる契りを神の前で交わしたのだ。

まあ、帰還から僅か一か月で公爵家から深窓の姫君を取り上げることが出来たのだ。

これは上出来といえるだろう。(奥様には申し訳なく思うが)





そして今、少し目線を落とせば、夫婦の寝室に置かれた二人の為の寝台を目の前にして頬を愛らしく染めるルークの姿。

男を知らない純潔の身体を頼りなく微かに震わせ、肩に廻した俺の腕に不安げに擦り寄ってくるルークのそのは態は格別に可愛らしい。


「ガイ……」


合せた視線に濡れた瞳を携えて名前を呼ばれれば、それだけで思わず込み上げてくるものがある。

なんて愛おしい存在なんだろう。改めてそう思った。

ルークをこんなにも求めながら、今まで手を出さなかったのが本当に不思議だと自分でも思うものだ。

長年色々我慢してきたけど、お互いの想いが十分育った今、あとはこの身をもって想いの丈を伝えるだけ。



なのだが―――――









「……………て……陛下、何で貴方がこんなところにいるんですかっ!!」


そう。ルークが俺の妻となった今、何の障害もないにも関わらず、今になってなんでこんな長い前置きがあったかと言えば、―――言うまでもない。

新婚夫婦が初夜を迎えるべくこの部屋に第三者がいるせいだ。


「なにって……そりゃ、まぁ……見物かな?」

「まぁ、そんなところじゃないですか?」


しかも、一人じゃない。


「ジェイド!!なんでお前まで陛下にくっついてこんな所にいるんだよっ!!」

「何故と問われればそれは、これ(陛下)にくっついているのが仕事だからですよ」


なんで大事なときに、こういつも邪魔が入るのか。


「な〜んだ、そのつれない顔は。せっかく祝いに来てやったのによ。俺らを招いたのはお前だろ、ガイラルディア」


不敬罪に捉われかねない、殺意に近しいものを込めた視線をこの招かれざる二人の客に向けぬと、いけしゃあしゃあと全くありがたくないお言葉を言われる。

全くこの国はなんて国なんだ。こんなのが国の長だなんて、ともう不敬罪確定のような言葉が俺の頭を過ぎてゆく。

だが、俺はここで負けるわけにはいかないんだ。

腕の中にはこれから一生この輩から守り抜かなきゃならない存在がいる。


「確かに屋敷での披露宴にはお招き致しましたし、酔ってなさるようなので客室にもお通ししました!ですが、俺達の寝室に招いた覚えはありませんっ!!」


今日という今日はこの皇帝陛下と死霊使いの悪魔に常識というものを叩き込んでやる、と決意新たに俺は声を張り上げた。

「………」

それが功を奏したのか、一瞬目を大きく見張り息を詰めた陛下が緩慢な動作で椅子から立ち上がるのが目に入る。

だが、説得に応じてくれたという淡い期待が成就された訳ではなく。


「知ってるか、ガイラルディア?古代王室ではな、初夜見届けという習わしがあってな。新婚初夜の夫婦が契りを交わすのを第三者が見届けるもんがあるのな」


それどころか、俺の肩に手を置きとんでもない言葉を吐いたのだ。

勝手に他人の家の夫婦の寝室に上がり込んで来て、何を言い出すのかと目の前が一瞬真っ暗になる。

だがしかし、愛しい新妻であるルークをこんな凶悪皇帝の前に晒して気を失う訳にはいかない。


「そんな時代錯誤も、人権侵害も甚だしい悪習聞いたこともありませんよ!!」

「いや、実際あったんだぞ。俺のひい、ひい、ひい……何代前だっけな?まぁ、とりあえずあったんだよ」

「正確には陛下の四代前の王家までですね。醜聞極まりないということで先々代皇帝が廃止して、箝口令が敷かれたんですよ。」

「………」


尚も、その出鱈目と思わしき悪習に反論をしようとすると、横からいらない説明がついてきて歴史の正しさを語る。

ジェイドのそれを聞いて、明らかに冷たくなったルークの視線が痛い。


「以来、民の話題に持ち上がることもなくなっていますからね。知らないのも当然ですよ。」


そんな爽やかな笑顔で語られても、この場の空気が良くなることはない。

死霊使いの名は流石か。笑顔で見事にまでに他人の幸せを打ち壊してくれるこの破壊力。

俺は心内で恨みの言葉を紡いだ。


「は、廃止されている上に、『王家』ではじゃないですか。俺はしがない伯爵ですし、関係ありません」

「馬鹿だな〜ルークは王族だろ?おっと、キムラスカ王家は関係ないとか言うなよ。俺のひい、ひいじいさんが晩年に娶った妃はキムラスカ王家出身なんだからな」

形勢不利からの逆転を図る気の利いた言葉のひとつも出せずに、真面目に反論してしまった自分が恨めしい。

次々につらつらと語られる知りたくない事実に、もはや反論する気力すら奪われそうだ。


「それにお前ら二人とも初めてだろ。手ほどきなんかいるんじゃないのか〜」

「俺は常日頃、ルークを悦ばせる為に勉強してますから。心配いりません」


自分の経験の無さをついてくる嫌がらせを含んだ余計なお節介の言葉に、つい売り言葉に買い言葉してしまい余計なことまで口走ってしまった。

そう気付いた時にはすでにとき遅く。


「………っ!この馬鹿っ!!」

「い、痛!痛いルークっ!!悪い、悪かったからぁ――っ!!」


初夜を強く意識し恐れ、生まれたての小鹿のように愛らしく身を震わせていたルークは既におらず。

今俺の腕の中には、俺が発した言葉に対する羞恥と怒りのあまりにわなわなと震え、暴君と化したルークがいて。

次の瞬間には、上げられた拳を激しく打たれていた。

肉体的に全盛期を迎えているルークの拳は重くて切れがいい。

それ故、油断し切ったこの体躯では避けることもかなわない。


「ああ。そういえばさきほど女給に頼んだお茶がもうそろそろ届くんじゃありませんか?」

「おう、そうかもな。どうやらガイラルディアは年寄りの助けはいらないみたいだしな。部屋に戻るか」

「そうですよ。こういう時はあとはお若い二人に任せて、年寄りは大人しく下がるのが世の一般常識ですよ」

「なるほどな。じゃあ、そういうわけでな、ガイラルディア。精々、ルークに可愛がってもらえよ」


遠くなる意識の中、厚かましく一般常識を口にしてこの惨状から去ろうとする化け物二人の声を聞いた。



(違うぞ…こういう時は、止めに入るのが世間の一般常識だ……)



口にしても、人を弄びその様を見るのが大好きな性悪皇帝と、若者をいびり倒すことを楽しんでいる悪魔には通用しない常識を心内で思い、俺は意識を手放した。















2008.3.30


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