先日、高校で修了すべき一般課程も終え、今日は志望校確認のために担任のもとへ行った。 その帰りであった。 今現在、このような状況に陥るきっかけを作ってしまったのは。 今思えば、色んなものを抑え込み生活してきた三年間から漸く解放され、気が緩んでいたのかもしれない。 あるいは無意識にその影を求めた故か。 ここ数年、避けに避け続けていた思い出の詰まったこの道を、彼女が登下校に使っているこの道を行ってしまったのは、本当に無意識の願望がなしたことなのかもしれない。 「ガイ!!」 目の前に仁王立つのは、世間一般でいう幼馴染といわれる、中等部の制服を身に纏った少女。俗にいう己の片思いの相手であった。 だが、胸の内にあるのはそんな甘酸っぱい言葉で終わるものではない。 腰まで流れる朱金の髪が夕陽に照って一段と美しく輝いていた。 落とした視線の先で、彼女の作る影が足元に落とした通学用の鞄を暗色に染め上げていた。 スイートフォーティーン 「ガ、イ!!」 ガイの姿を認めた瞬間、ルークは立ちつくしているガイの呆けた様子に構わず駆け寄っていった。 そして久しぶりに顔を合わせる幼馴染に、昔と変わらず飛びつくように抱きつく挨拶を一方的施す。 それにガイは、この場を接触なしで切り抜けることは不可能である事を悟り、内心で理性、理性と唱えていた。 「久しぶりだな、ガイ!…どうしてたんだよ?正月以来、全然見かけなかったけど…」 「悪い。というか、言ってあったと思うけど。受験勉強で忙しい、て」 「それでも、一緒に帰ることぐらいは出来ただろー。……ていうか、帰り道に会ったことも最近、ないような…」 同じ学内にいて、帰り道が同じなのになんでだ。ガイを見上げながら頬を膨らませ不機嫌に言葉を続けるルークの態に、ガイは苦笑いを返すことしか出来なかった。 (そりゃそうだよな…) ガイとルークは同じ学校に通っている。そこは進学校である為、中等部と高等部の差はあれど授業の終了時間は同じであった。 ガイは三年生である為に自然に、ルークは昨年の最後の大会で部活をとうに引退しており、下校時間がずれる事もないはずである。 それにも関らず二人が下校時に出くわすことは、ここ数か月皆無であった。ルークが不審を抱いても仕方のない状況である。 気付けば、ガイは心内で必死に取り繕う言い訳の言葉を推敲していた。 「家が隣同士なのに帰り道が重ならないなんて…はっ!!ガイ、お前まさか俺を避けてるんじゃないだろうな?」 「へっ…!?」 その間もルークは独り言となりつつある、ガイに対しての不満の言葉をぶつぶつと吐いていたが、不意に思い付いた疑惑をガイにぶつけた。 図星を指すその言葉にガイはポーカーフェイスを崩し、一瞬うろたえてしまう。 「そ、そんなわけないじゃないか…?」 すぐに誤魔化しの言葉を呟いてはみるが、その動揺は明らかで、十年来の付き合いがあるルークにとっては一目瞭然のものであった。 ガイの様に、先程まで不貞腐れていただけの表情が一気に怒りに染まる。 ガイの喉が鳴った。 「幼馴染を無視するとはいい度胸だ……。お、ま、えはっ!!いつからそんな情なしになったんだぁ―!!」 「ご、誤解だ―!!」 次の瞬間には、怒りを露わにしたルークの猛襲が襲ってきた。が、それはガイの心を乱せど、身体的な痛みとは程遠いものであった。 何せ――― (この体勢はまずいって…胸が…) ルークの猛襲とは、単にガイの身に回していた腕に力を込め締め付けを強くしただけのものであったのだから。 いくらルークが以前部活に入っており、腕力に自信があっても所詮は女の子の力。成人に近しい男にとっては大したものではないのは、明らかである。 それでも挑んでくるルークの無邪気さに、微笑ましく感じ、いつも必死に抑え込んでいる愛しさが溢れてしまいそうになる。 (まいったな……でも…せっかくだし…) 「このっ!!悪い娘にはこうだっ!」 「わっ…ちょ、ガイっ!!あはっ、…ひきょー、だぞ!あは、ははは」 ガイはルークの締め付けに抗わず、むしろ自分も無邪気さを装い、ルークに腕を回し身体を擽った。 深くなった密着に、彼女の体温を感じ胸の内が熱くなる。 (いい匂い…華奢で…すごい、柔らかいな…) いつからだろう。この想いが心に芽生えたのは。 それはもしかしたら出会った瞬間からあったのかもしれない。 そう思うほど心に深く根付いていた。 気付いた時にはもう後戻りが出来ぬ程に想いは育ってしまっていた。 そうして彼女を欲するがままに願望は膨らみ、それはいつの間にか年不相応のものまでルークに望むようになっていた。 自覚した中学一年生の頃、眠りに就いているまだ小学生に過ぎなかったルークに沸き上がる欲のまま口付ける悪戯を繰り返したからか。 精通を境にその欲望は異常と取れるものまで発展してしまったのだ。性欲というものを知ってから、よく夢に見るようになってしまったのだ。 まだ幼い少女にしか過ぎないルークを押さえ付け、犯す夢を。 それがまだ中学生にしか過ぎない己が、抱くべき願望ではないとガイは知っており、自分を恐れていた。 頻繁に見るその夢のように、いつかルークを本当に犯してしまうのではないのかと。 それ故に、彼女を傷付けてしまう可能性に恐れ、あの笑顔を失いたくないと思い、年を重ねるごとに距離を置いて来た。 こんなに汚い自分から、他でもないルークを守るために。 異常な自分には、ルークを想うことが禁忌であると自分に言い聞かせ、以来、極力接触しないように努めてきたのだ。 「ガイ…?」 「え、あ…ルーク…。ごめん…なんだっけ?」 気が付けば、突然擽っていた手を止め、深刻な表情で何かを悩んでいる様子のガイに、普段のガイらしくないと心配に眉尻を下げるルークの姿があった。 その愛おしい華奢な身体はまだ腕の中にあり、背を伸ばしガイの顔色を窺っている。 その翡翠色の瞳は不安げに揺れ、濡れていた。少し視線を落とせば紅く色付いた淡い唇がある。加えて互いに腕を回したこの体勢。 周りに人通りはなく、西日が美しく輝いていた。 (まずい…) いつの間にか、幼い頃に思い描いていた好きな子とのファーストキスの理想の状況に自分があることを、ガイは漸く認識した。 それに心拍数の上昇を感じる。一気に先程までの暗い思考は取り払われ、今この状況をどのように切り抜けるかに脳内は埋められた。 (どうしよう、どうしよう!!まずいって、この状況は!!) 「どうしたんだ、ガイ?お前、顔色がおかしいぞ。どっか悪いのか?」 先程までどちらかというと青かった男の顔が、今度は紅潮した為ルークは益々不審に思い、顔を寄せて来る。その距離はもう、呼気が顔に触れる程のものになっていた。 (俺は、どうしたらいいんですか!!ユリア様!!) 好きな子に理性を誓うことなど自分には出来そうにない。だからといって、ルークを傷付けるような真似はしたくない。 だからここは大人になって、大人らしい振る舞いをなすべきなのだ。そう、それで円満解決なのだ。 だが。 自分からこのおいしい状況を捨てることは、とてもじゃないがガイには出来そうにはなかった。 ガイが悶々と己の内で葛藤していたそのとき。 「ガイ…」 「え、あ…―――っ!!」 唇に感じたのは、己のそれよりも断然柔らかいそれの感触。 次の瞬間にはなくなっていたが、唇には甘い味が残っており、それは先程の事象が現実のものであることをガイに知らしめた。 そして眼前には顔を赤らめ、手遊びのような仕草を見せるルークの姿。 「え、あ…どういうこと…?」 「ちょ…チョコレート…き、気つけに…いいん…だって……」 「へぇ…そ、そうなんだ…」 しどろもどろに紡がれる言葉に、口に残る甘味がチョコレートによってもたらされたものであることに気付く。 だが、返ってきた答えは、自分が欲している種のものではなくて。 ルークはただ頬を赤らめ立ちつくし、ガイもそれにならうことしか出来なくて。 夕日だけが見ていた恋愛小説の一ページのような光景を脳内で反芻し、ただそれに心を奪われた。 「あ、……る、く…」 「あの、…そ、そういう…わけだからっ!!」 何がどういうわけなんだ。心内でそう突っ込みながら、今にも背を見せ駆け出しそうに後ずさるルークと距離を詰める。 ガイの行動に予想通りというべきか、伸ばされた腕から逃れるようにルークは益々顔を赤らめこの場から逃げようと身を捻った。 「ルーク!!」 「あ、わぁっ!!」 それを許さないといわんばかりにガイは一気に距離を詰めその身を掻き抱く。 愛しい少女の心地良い香りが鼻腔を擽り、心が満たされた。 「やぁ、…が、ガイ!!離せよっ…離せったら!!」 腕の中に納まったルークは未だ逃れようと、じたばたと暴れていたがガイは到底逃す気などなかった。 今、彼女を離してしまったら、先程の出来事までなかったことにされる。 そんな気がしたからだ。 だから、どんなに抵抗をされても―――― 「つっ…ん!!」 ガイはもがくルークの顎を捕えるとそのまま噛み付くように口付けた。 それは先程ルークから貰った暖かいキスとは程遠いものだったのかもしれない。 開いた唇から舌を差し入れその柔らかい口内を味わう、雄の欲が現れた口付け。 そこに宿る想いは、きっと同じものであったのに。つい理性がとんで、強引なものとなってしまったのだ。 その結果は。 「やだぁ!!」 火を見るよりも明らかなもので。 闇色が目立ち始め虚空に響いたのは、甲高い悲鳴と頬を打つ快音。 乾いた地面を濡らしたのは暖かい雫だった。 漸く頭が冷え、自分を取り戻した時にはとうの昔にルークは走り去り、空間には闇が占めていた。 「俺って…最低……」 最悪だった。 あそこでもう少し自分に耐え症があれば、ルークの気持ちが聞けたかもしれないのに。 ルークという存在を得られたかもしれないのに。 「帰ろう…」 軽率な自分を責めながら、ルークへの弁明を考えながらガイは暗い路地を歩み出した。 気付けばあった手の内の綺麗に包装された小箱が、今日という日を知らしめていた。
『2222Hit』ありがとうございました!!…てなんなんでしょう?この話。 取りあえず、当初の話とは全く異なるものになってしまったのは確かであります。 結果、何がしたいのか全く分からない話に…(汗) 本当に申し訳ないです。 なんだこの話。 2008.2.23 ブラウザバックでお戻りください |