「はぁ……」


掌の中に慎ましく納まる小さな包みをガイは見下ろし、隠しもせず盛大な溜息を吐いた。
綺麗に包装されているそれは、明らかに誰かへの贈り物と見て取れるもの。


上げた視線はカレンダーに向けられ、そこにある目立つようにつけられた印一点のみを捉えた。

世間でいわれるホワイトデー。
その日の早朝の光景であった。











スイートフォーティーン+(プラス)











毎年貰っていた、しかるべき日のチョコレート。
ただそれには義理という、ガイが全く期待していない感情が込められていた。
毎年その疑いようのない事実によく打ちのめされたものだった。
だが、今年貰ったものにはチョコの他に甘い甘いプレゼントが付いていて。


可愛らしいとしか言えない、幼いキス。


あの日、唇に齎された甘い感触は一か月を経た今でも鮮明に思い出すことが出来る。

いくら鈍感なルークでもただの親愛のみで行う行為とは思っていないであろう。
それが表わす意味は明らかで。
あの瞬間、ルークが自分と同じ感情を抱いてくれているという事実に舞い上がり、箍が外れ暴走して行き過ぎた行動をとってしまった。
結果、ルークを泣かせてしまったのだ。


あのバレンタイン以来、ルークのガイに対する態度は全く変わってしまっていた。
今まであんなに懐いていたのが嘘の様で、あからさまにガイを避けるようになっている。
それでも、なんとか弁明したくて追いかけ回していたら、交番にまで逃げ込まれる始末。
自分が犯罪者すれすれである事実を突き付けられ、落ち込んだりし無駄な時間を過ごしたりもしていた。


今日という日が近付いてもうあまり時間が無いことにガイはようやく気付いた。
春から大学に通う為、この家を離れることになっている。
新居となるマンションは実家から遠いという訳でもないが、けして近くもない。
何かしら用事がないと滅多には戻って来られないであろう。
それは即ち、ルークとの別離を意味していた。
会う機会が減るだけでもかなり辛いのに、今の状況ではそれだけでは済みそうもない。
このままでは心まで離れてしまうのではないか。
自分の位置に誰かが入り込むのではないか。
そんな恐れがガイにはあった。


今まで己が影から牽制してきたこともあって、ルークに恋人がいたことはなかったが、明らかに想いを寄せている奴をガイは何人も知っている。
そんな奴らが、大人に近付き益々綺麗になるルークの傍に、自分よりも近くにいることなんて決して許せない。
そうして、それが自分の妄想で留まらないことだということをようやく理解した。
このままでは、近い将来必ず恐れている事態が起きてしまう。
その事実はガイに決心をさせた。
思い立ったその日に、過去に贈ったどんなものよりも重い想いが籠ったプレゼントを買い、メッセージカードを添えた。
幾年分の想いが募った告白の文章。
きちんと真正面からこの想いを伝えれば、ルークもきっと応えてくれる。
そう思い、あとは当日を待つばかりと笑んでいた―――のだが。




「なんで…俺って、こんなんなんだろう……」

日付がとうに十四日となった今現在も、あのルークの態度にガイは恐れ、未だ自分の部屋から出ることさえも出来ていなかった。
時間はもう夕刻と言ってもよい時刻に差し掛かっている。
このままでは、今日という日が終わってしまう。
イベントムードに溢れた日でさえも、こんなに尻込んでしまっているのだ。
自分が平日に告白出来るとはガイは露ほども思えない。だから、今日しかないということは痛いほどに分かっているのに。
一歩がどうしても踏み出せなかった。

「やっぱり…ちょっと、重過ぎたかな……」

そう言いながら落とした視線の先には、暖色系の色鮮やかな包み紙とリボンで綺麗に包装された小さな箱がある。
その中に収められているものは決して普通の贈り物ではない。将来を彷彿させるもの。

小さな装飾具には大きな想いが込められていた。

これを渡すのは自分にとって、ずっと叶えたいと思っていた願いであり夢でもあり、ルークを得るために必要なものだということも分かっている。
だが、今の段階でこれを渡すのは少し先走り過ぎた行動なのかもしれない。
なんせ彼女と自分の関係は未だに、幼馴染というものなのだ。
口付けを交わそうが、それ以上のことをしようが想いを伝えなければその関係は変わらない。だから、どうしても行かなければいけないのに。
この居心地のいい、崩れることのない距離が失われるのを恐れている自分がいるのだ。
行動を起こす気が渋るのは、それ故かもしれない。








「ガイ、いますか?」

そんな男が悶絶するほど苦悩する時間を送っている室内に、ドアを叩くノック音が響き、直後、軽やかな声と共にガイの姉、マリィが入って来た。
ガイの悶々とした態度を特に気にもしないところから、ガイの情けないこの様見慣れているのだろう。

「あ、あ、あああ姉、上!?ど、どうしましたかっ?」

逆にガイは激しく動揺し、取り繕うような引き攣った笑顔で姉の突然の来訪の訳を問うた。

「頼みがあるのですよ。ルークにヴァレンタインのお返しを渡してきて欲しいのです」

そう言って、差し出されたのはルークの好きそうな甘い菓子が詰まっていると覗える包装された包み。

「へっ…?な、なんで俺が……」
「あなたも渡しに行くのでしょう?ついでで良いですから」

問答無用と言うように、隠すことを忘れたガイのプレゼントの隣にマリィは自分の用意したそれを置く。

「で、でも、そういうものは、自分で渡さないと意味が無いのでは?」
「だから…今から用事があって出かけなければいけないので、あなたに頼んでいるのよ」

あわよくば、姉に渡して貰おうかと内心考えていた自分を棚に上げて発した言葉に帰って来た答えにガイは項垂れた。
その態度が気に障ったのか、マリィを取り巻く空気が一瞬で変わる。
まずい。と思ったときには既に時遅く。

「つべこべ言わずに、さっさとお行きなさいっ!!」
「は、はいぃっ!!」

飛んだ怒号に、ガイは二人分のプレゼントを手に一目散に駆け去った。
その後ろ姿を見て、マリィは出したくなくとも出てしまった溜息を零した。

「まったく…あの子は……」

姉弟という欲目を引いても整った容姿、普段済ました態度で何事も卆なくこなす弟に黄色い歓声を上げる世の女の子達が気の毒になってくる。
実はうちの弟はひとりでは好きな女の子に自分の気持ちも伝えられない、ヘタレなのです。
貴女達が憧れているのは、虚像のガイなのです。
とは、一応実の弟の名誉の為にとても言えないが。


「チャンスは今日しかないんだから…ね?」




自宅の玄関から慌ただしく出てきたガイの背を見て、誰に言うでもなくマリィは呟いた。










4444Hitありがとうございました。
スイートフォーティーン+ということで、上にあるヴァレンタイン話の続きものになっているのでありますが、なんだコレ?と思った方が多数いると思われます。
そうこれ。ガイが悶々としているだけで、ルークが全然出てこない上にホワイトデイじゃないし。
実は思いのほか長くなってしまい、前後に分けることにしたのですが…
私生活が忙しく。申し訳ございません。近日中の後のほうもアップしますが。
ホワイトデイにアップ出来ないこのダメっぷり。ほんとにすいません。
この話を載せないとスイートフィフティーンの話が繋がらないので、出来るだけ早くアップしたいと思います。

2008.3.14




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