息が乱れる。感じたことのない動悸が身体を襲う。


焼け付くような感覚が体躯を駆け巡るのを、ガイは遠い意識の中感じていた。

まるで幼い頃、戦場を駆け抜けた時のような熱さを感じながら、それでいて高揚感がある。

そんな名の知れない不思議な現象を無意識に知覚しながらも、上り詰める様な瞬間を境に、ガイは再び深い眠りに落ちていった。



幼いあの娘の、甲高い鳴き声を聞いた様な気がした。





Under the world.





「なんだ……っ!これ…?」

焼け付く様な感覚が身を襲った翌朝。

それでも普段と変わらぬ朝を迎えたガイは、昨夜の出来事は悪夢が見せた業なのだろうと一人納得し、

いつも通り身支度を整え始めた。

だが、下着に感じていた不快感に気付くと、もう平静を保つことなど出来なかった。

それに付着している見た事のない白い粘液。

それが己から分泌されたことは、疑いようのないことで。

「あ、…あ…」


(もしかして…これは……)


聞いた事があった。

十年前の戦争中に起こった公害によって引き起こされる、致死率の高い原因不明の病。

その治療法は未だに解明されておらず、今も苦しんでいる人が多くいるらしい。

自分もこの地に逃げる際、戦場を抜きぬけた。

あの時、汚染された空気に触れ今病が発病した。それは十分考えられることである。

(いやだ…嫌だっ!!…そんなの……)

自分はガルディオス家最後の生き残りで。

今は世捨ての身となっているが復興を諦めたわけではない。

自分にはそれを成さねばならぬ義務があるのだ。

(それに…あいつをおいて逝くことは、…できない…)

唯一無二の大切な存在が頭を過ぎる。

十年前の、あの出会った瞬間からルークを一生守り抜くと決めたのだ。

自分の生きる意味をくれた存在。自分の命を救ってくれた存在。

そんなルークをおいて逝くわけにはいかない。

「ガイラルディア様、いかがなさいましたか…?」

「ぺ、ペール!?な、なんでもないよ」

私室から中々出て来ない主人の身を案じたペールが、声をかける。

それに我に返ったガイはその場を取り繕う言葉を発し、汚れた下着を丸めて寝台の下に隠し、

急いで身支度を整えルークとペールが待つ階下へ降りた。











燦々と惜しみなく光を地に注ぐ太陽が煌く日中。

ガイとルークは日課にしている野遊びの為に、いつもの様に山中にある開けた野原に来ていた。

今日の目的は、旬を迎え瑞々しく輝く野苺を狩ることにある。

これを持ち帰り、ペールに調理してもらえばとても美味しいお菓子が出来上がる。

ペールとのお菓子作りを余程楽しみにしているのか。

ルークの表情は始終満面の笑みである。

そんなルークの様とは対照に、ガイはどこか上の空であった。

視点が定まっておらず、野苺ばかりか雑草まで一緒に籠に入れている始末だ。


(どうしたら…いいんだろう…)


下手をしたら命を落とす可能性があることだ。

このまま黙っていい訳がないことは分かっている。

しかしだからといって、高名な医師や科学者が何年研究しても原因すら解明されていない奇病だ。

ペールに相談しても、改善されることはないであろう。

それにそんなことをすれば、自分の命がそう長くないことが、ルークの耳にも入ってしまうのは時間の問題だ。

ルークはきっと泣きじゃくり、悪くもないのに自分を責める。

ルークが悲しみに顔を歪める姿が瞼の裏に浮かぶ。

それだけは嫌だ。ルークに哀しい顔などして欲しくなかった。

(嫌だっ…!ルークと、別れたくない…!!)





「どうしたんだ、ガイ?なんか辛そうだよ…?」

「えっ…あ、る、ルーク!」

気が付けば、野苺の詰まった籠を手に下げ、心配に表情を曇らせるルークがガイの前に座っていた。

「な、なんでもない。ほんとになんでもないからっ!」

「……ほんと…だな…?」

「本当だってば。俺がルークに嘘吐くわけないだろ?」

激しく首を横に振り、ルークの大好きな笑顔で優しく否定を示せば、単純なルークは「そっか」と言ってガイの傍に腰を降ろす。

そして再び熟れた野苺の選別に夢中になった。

(危なかった…)

こんな時、ルークが純粋で本当に良かったとガイは思う。

変に知識を持たないだけ、ルークは疑うことを知らない。

知らされていないのだから当然のことなのだが。世の中は汚いもので埋め尽くされている。

(ルークはそんなこと知らなくていいんだ…)

予言によって引き起こされた様々な陰謀。

そんなくだらないものに左右される人生をルークには送って欲しくないから、あえてガイとペールは教えなかったのだ。

いつか必要になるときが、知る日がくるかもしれない。

そんな危惧は日常にあったが、その時までは教えないと決めていた。



「絶対…守るから…」

「うん?」

「ルークのこと、ずっと守るから…」

真剣な顔をしたガイが唐突に想いを告げてきたことに、ルークは目を丸くする。

「…っ、ありがとう、ガイ。大好き…」

だがすぐに愛らしい笑みを浮かべ、ガイの想いに応えるかのように頬に口付けた。

「ルークも…ずっと傍にいてくれてありがとう。俺も大好きだよ」

「うん…」

ルークの手を引き、腕の中に招くとガイはその細い体躯を抱き締めた。

諦めるわけにはいかないのだ。こんなに愛しい娘をおいて逝けるわけがない。

「もう少し、野苺集めようか…?」

「うんっ!」

帰ったらペールに相談してみよう。

そう決めたガイは気を紛らわせる為に、再びルークを野苺摘みに誘った。












予想以上に前置きが長くなったので、エロと分けました。
次はエロです。エロエロ五月蠅くて申し訳ありません。
ガイの思い込みの激しさは、純粋培養ということで(汗)

2008.4.7