神はどうしてこの娘にこんなに過酷な試練をお与えになったのでしょう。


余程前世が罪深かったのでしょうか。





公爵夫人が人知れず零した嘆きの言葉に、細く笑む青年がいたことを誰も知ることはなかった。









世界で唯ひとり君を愛す 6











騎士によって連れ帰られた少女の報告は、即時に軍部に詰めていたファブレ公爵に届けられた。

突然の事の展開にファブレ公爵は驚きに目を見開く。

ルークが失踪して約一年。

予想だにもしなかった二度目の誘拐に、心労に倒れた妻を支えながら、この短い様で永遠に等しかった年月を公爵はルークの捜索に費やしてきた。

キルラスカ国内の各地に私兵を始めキムラスカ軍をも放ち、公爵自らも捜索現地に赴くことも多々あった。

ルークを誘拐した犯人側から身代金や政治的な要求が無かったことから、血筋や容姿を狙っての誘拐かもしれないということも念頭に置き、

人身売買の取り締まりも強化する政策も執った。


だが、一向にルークの行方は掴めず。

時間がたてば経つ程、命への危惧が高まって行く。

焦躁は日に日に増すばかりであった。

ルークの突然の帰還は、出国した形跡が伺えなかったことから国内に留めていた捜索の手を、丁度、

国外へと伸ばそうとしていた矢先でのことであった。

あまりのタイミングの良さに、何か空想的なものに化かされたような不思議な感覚を、ルークの身を案じていた者は皆感じていた。

何かしらの陰謀を勘繰った者もいたが、ルークの無事な姿の帰還にそれはゆっくりと霧散したのだった。

すぐさま、城に仕える御殿医が召抱えられ、検査の結果、屋敷に突如現れた赤毛の少女は間違いなくルークだと判断された。


七年前と同様に、音素振動数が一致したのだ。


つまり、それは正真正銘この身重の娘がルーク本人だということ。

ファブレ公爵は報告を受けた後、すぐに屋敷へと足を向けた。







「ルークっ!!」

屋敷の門を潜れば、公爵は中庭に面す娘の部屋へと真っ直ぐ向かった。

そうして何の躊躇いもなく扉を開け放つ。

今まで数えるほどしか訪れたずれたことがない、その部屋の中央に置かれた大きな寝台の上にはルークが力無く横たわっていた。

かつて子守の少年がよく座っていた寝台の脇の座椅子には、顔を青ざめたシュザンヌの姿がある。

開け放った扉に舞い込んだ風が、引いたカーテンを煽り、窓越しに暗雲を捉えた。

まるで何か善からぬことを暗示させる様なそれを振り払い、公爵は室内に踏み入った。

「だんな…さま…。ルークが…」

「ああ…。ルークは、ルークの身は大丈夫なのか…?」

子どもと関わるのをあんなに躊躇っていたことが嘘のように、自然と気遣う言葉が出て来ることが実に信じ難い。

自分の著しい心境の変化に公爵自身も十分に驚いていた。

「ええ…。今は…眠っています……余程、疲れているのでしょう」

「そうか…」

己らしくもない。

そう思ったがどうしても安堵の息を禁じえなかった。



約一年振りに見るルークの顔はやつれているせいか。以前より細面になったように見える。

頼りなくなった四肢とは裏腹に、胎は布団に覆われていても分かるくらい異様に膨らんでいた。

姦淫し、妊娠した女を贈りつけることは宣戦布告の方法にも用いられる。つまり女にとっても、国にとってもこの上無い屈辱なのだ。

一瞬長年の敵国を疑ったが、ルーク捜索についてはとても友好的であったことからそれは考え難い。

何にせよ、ルークをこんな目に合せた族を八つ裂きにしたい程、公爵は憎んでいた。

本当に自分らしくもない。子どものことで一喜一憂するなんて。

それは公爵にとって初めての感覚であった。意外に心地良いと思っている自分に気が付き、戸惑い目線を泳がせる。

さすれば、目に入るのはルークの姿だけで。

気にしないようにしていても、どうしても目に入ってしまう膨らみに、公爵は知らず手を伸ばしていた。




意外なくらい、温かい。




これはルークが何処かしらに浚われ、辱めを受けた結果宿ったものだ。

だが、しかし。本当は切って捨てたい程に憎らしいものの筈なのに。それは、柔らかく、とても温かかった。

「…………」

いつの間にか知らず、公爵は涙を零していた。

「ここに…子どもがいるのだな…」

「…ええ。私たちのルークの子が、私たちの孫にあたる、ややが…」

はっとして顔を上げれば、泣きながらも穏やかに微笑むシュザンヌの顔があった。

その顔は覚悟の色に染まっている。強い母の眼差しであった。

自分が娶った姫は、こんなにも強かったのか。

そんなことを思いながら、公爵は困ったように笑むと再びルークを顧みた。



母である彼女が決めたのだ。ならば自分も。



これからルークをどうした方が良いのか本当は分かっている。

だが、クリムゾンはそれを選ぶことが出来なかった。

今、人の親としてそれを選ばない決意をしたのだ。この瞬間、クリムゾンはルークの本当の父親となった。







「母…上………父上…?」

やがて開かれた自分達とよく似た色をしている緑眼に、公爵と夫人は涙で顔を濡らしながらも穏やかに微笑んで再会を悦んだ。


















気が付けば二か月も放置していました。
ほのぼの幸せ家族計画。
予定ガイの話の流れになっているのは多分気のせいじゃないです。
あと一話で終わるとか言ってたのに、今の段階では、あと二話かかります。
ガイが出てこない(汗;)

2008.6.18