夜曲 1
 

ガイはおかしいと思っていた。

もうそろそろ十四歳にもなる、使用人ガイの主人であるルーク坊ちゃまの身体の成長を。

十四歳ともなればもう第二次成長期の真っ最中のはずだ。彼の性別ならば普通喉仏が出て来たり、肉が堅くなったり、声が変わったり、

骨格が変わったりという変化が身体に現れる筈なのに、そういったものはルークには一切見られなかった。

それどころか、ルークが心から信頼し育ての親とも言えるガイだけに見せる未だ抜けきらない、甘え癖がよく強張る抱っこという身体を

密着させる行為の際に気付いが、ルークの持つ肉は以前より柔らかになったように感じる。

特に胸のあたりが。更に肌は女のそれ様にきめ細かく滑らかなものだった。

最近では、平常よくさらけ出している細い腰から下半身が、流れる様な柔らかい曲線を描いている。

それは少年ものというより、むしろ大人の女性が持つ色香を含んだそれの方に近いような気がして。

それを意識すると、ガイは刺激され自然と自分では制御出来ない熱が身体に篭もり、ルークのその華奢な身を押し倒したいという衝動に

駆られる。


(いやいやいや。俺はけして男色家でも少年好きの変態ではないぞ。…………たぶん…でも、ルークは特別っていうか…)


そのたびにガイが自分で強いと自負している自制心が活躍してくれている。そのおかげで経験値が貯まり、ガイのそれは益々、強固なも

のとなり、色んな事が我慢できるようになった。


それでもやはり、女性には触れないが。




ルークに対するその欲が、友情を越えた情から由来していることをガイはとっくに自覚していた。

だから、辛い。

浅ましいとも言えるこの欲が、その昔自分の心の大半を占めていた復讐心から来たものであったのならば良かったのに。

そうであったのならば、自分はこんな想いに苦しむことは無かっただろう。

だが、ガイがルークに抱くそれはみに悔い復讐心から懸け離れた、心身が成長すればいつかは誰もが他人に抱く淡いものだった。

だからこそ、今日までその激しい激情を我慢することが出来ている。しかしガイも完璧な人間では無い。

健全な十代青少年の肉体はルークを、想い人の体を求めていた。それは日に日に強くなっていて。

(はあ…、もうそろそろ疲れてきちゃったなぁ。…しちゃおうかな。)

邪な考えが一瞬、頭を横切る。

途端、ガイはその黄色い頭を強く振り、純なる想いからその邪悪な思考を取り除こうと努め、先程のルークの身の成長を案じる話に軌道

に正した。


そういえばルークも、もう精通があっただろうに、それについての話が出たことが無い。

ガイが今のルークの年頃の時には、もう既に異性の身体には興味があったし、それは普通のことだ。同じ年頃の男という性を持つ者が二

人集まれば、そのことについての話題が必ず出る。それも普通の事だ。

だがガイはルークと、その健全男子なら誰でも興味が有るはずの話を話題にもったことが無いことに気が付いた。

(あれ?俺、性教育してなかったかな?)

などと思いガイは自らの記憶を探る。いやしたはずだ、とすぐにその出来事に思い当たった。





あれは約二年前、ルークが十二の頃。

もうそろそろ精通が有るはずだとガイは思い、ルークの為に保健体育の時間を設けた。絵図が描かれた解りやすい資料を用い子供が恥ず

かしがらぬよう、優しく教えようとした。

余計なことだとは思いはしたが、やり方を知らないと辛いと思ったので、自慰の方法なども。

だがルークは説明を始める前からそれを酷く拒んだ。それでも大切な事だから、と無理に子供の眼前で用意した資料を広げると、目に入

ったそれに顔を真っ赤に染め癇癪を起こし、終いには泣き出してしまった。


「ガイの変態!!」


「近付くなっ!!」


などとその後一ヶ月間程、ルークはガイの顔を見る度に罵倒を言い放ち逃げ去る。あれ程懐いていたのが嘘の様で、その頃はまだ強い復

讐心を秘めていたはずなのにガイはルークの示すその態度に酷く傷付いてた。

それによって気が付かされた。

もう自分の、この子供に持っていたはずの醜い心が殆ど削げてしまっている事を。記憶を無くしたルークが、その彼と過ごしたこの数年

が自分の心に確かに在った暗い部分を浄化し、そこに新たなものを植え付けていた。

愛しい、という感情を。

そして彼が記憶を失った直後に交わした、言葉遊びの様な約束がいつか現実のものとなると確信を持つようになっていた。

当時はとても動揺したが、今となっては嬉しいその感情の変化に気付いた時の思い出を一通り思い出した後、また思考がずれていた事に

気が付く。

そう今ガイの脳内で疑問に思っていた事は、ルークの身体の成長についてだ。

そろそろ、その成長の仕方のおかしさを当事者である彼に伝え、心配すべきだと思い至った時、今思い出していた過去の出来事の中にも

う一点の疑問を見いだした。


ガイが性教育を施そうとしたときの、ルークのあの動揺だ。


あの時のルークの動揺の仕方は性について、何も知らないはずの子供にしてはかなりおかしい。

あれは何故この世に、男と女の二つの性が存在するのか。異なる二つの個体が身体を求め合う生き物だと知っている、正にそのことに興

味を持ちながらもそれを恥じる、思春期の子供がとる行動だと今更ながらガイは悟った。

(そうだ、ルークはあの時、俺の事を変態って言ってたじゃないか!!)

ということは、あの時点ですでにルークは誰かから性教育を受けていたのだ。

おそらく当時からルークから遠くもなく近くもない存在である執事のラムダス辺りが、公爵家の人間として、いやこの世を生きる普通の

人間なら誰もが必要とする、その知識をルークに与えたのだろう。

想像出来ないが。

そしてこの世の真実のひとつを知った幼い彼は、親同然の自分から重ねてそれを聞かされたく無かったのだろう。

確かに肉親とそんな話をするのはガイも御免だ。気まずい空気が流れるだけなのが想像できる。それはとても耐え難いもので、是が非で

も遠慮したい。



「そうだ。きっとそうなんだ。うん、うん。」

と声に出して、自らの脳が絞り出した苦肉の想像を肯定する。

その声色はいい加減さを嫌うガイにしては珍しい、根拠のない自信に満ち溢れていた。

冷静になれば有り得ないことだと直ぐに解る。

そんな無理矢理でいいかげんな思考に、ガイは妙に納得して疑問が解決した事に表情を明るくした。

が、思い出の中のルークが自分に発した「変態」という言葉が脳内で反芻し凹み、朱い、愛しい彼の髪と同じ彩りをした絨毯の上に片膝

をついた。

丁度その時ガイの部屋の柱に掛かる、この部屋の主の趣味丸出しな開き戸から可愛い?鳥の模型が出て来て時を告げる世にも珍しい譜業

時計が定時を知らせた。

「おっと…もうこんな時間か。そろそろ坊ちゃまの処に行かないとな。」

その鳥が鳴く音に自分の世界から引き戻されたガイが、顔を上げて時計が指す時刻を確認した。

もうそろそろ、ルークが床に着く時間になっている。

ガイはルークが眠りに着く前に必ず彼の部屋を訪れる。頬に、「額におやすみのキス」なるものをを施す為に。

普通はもう十四歳になる少年に行うような事ではないと頭では理解しているが、ルークに恋情に近い愛情を抱いているガイには、どうに

も自分で止める事は出来そうに無かった。せめて、ルークがガイが毎日施すその行為を嫌がるまでは続けたいと彼は心で願った。

だが、愛しい朱い子供にそれを拒否された瞬間の事を考えると本当に恐ろしい。きっと自分の心は酷い傷を負い、理性の糸が切れる。

そして、その後ガイがとる行動は簡単に想像することが出来る。

きっと、まだ誰も触れていないその紅く形の良い唇に自分のそれを寄せ、塞ぎ、邪な舌で口腔まで犯す。そしてそのまま白いシーツの上

に、その細く脆い身体を縫いつけ無理矢理曝き、蹂躙してしまうだろう。

そんなことをしてしまえば、多分愛しい子供は壊れてしまう。この四年間で築いた関係も。そうなる事は避けたい。

だが、心の何処かで、そうなることを望んでいる自分が存在している事実をガイは遠の昔に気付いていた。

何故なら、彼が自分を受け入れることは一生無いと知っているから。

彼には、ルークには、この世に存在したその瞬間から、さだめらた相手がいるから。

淡い蜂蜜色の柔らかい髪を持つ、美しい少女の笑みがガイの頭を掠め、それに彼は形の良い眉を潜める。

  ナタリア姫にはずっと嫉妬していた。

ずっとルークの隣にいる事を、許されているから。運命付けられているから。

その現状に彼の王女はとても満足している。ガイと違って。

そして、ルークはナタリアに普段はうざいなどと言って、彼女を疎ましく思っている素振りを見せているが、本当は憎からず思っている

ことがガイには一目瞭然だった。

そのルークの態度が更にガイの醜い嫉妬を深くした。ガイはルークの心を一生、得ることは無い。ベクトルが向き合うことは無い。

その現実から、ならばせめて身体だけでも得たいという、その浅ましい感情を捨てきる事がどうしても出来なかった。



その時、譜業時計が先程確認した時刻から更に半時経った事を告げた。それに思考を中断し慌てて裏庭へと出る。

どうやら自分は長考してる間に論点がずれ、更に思考の淵に陥る癖があるらしい。気を付けなければ、そう思いながら一人鳥籠の部屋に

住む愛しい子供を想う。

きっと彼は眠い目を擦り、無理に起きてガイを待っているから。これ以上待たせると、機嫌を直すのはガイでも骨を折る。





ルークの待つ部屋へと歩を進めながら、やや冷静になった頭で先程の思考に終止符を打つ。

(そうなったら、そうなったら、だ。その時に考えれば良い)

持ち前の楽観的思考で、常にその脳に存在している暗い思いにガイは結論付けた。

欲しければ攫えばいい、そんな物騒で無茶なことも今の自分には可能なのだ。手段はいくらでもある。

そうして裏庭に自生している雑草を踏みしめ、強く地面を蹴った。

愛しい子供の元へ、一秒でも早く行けるように。

一秒でも長く傍にいられるように。




思い出の中から浮上してきた、疑問点の解決。そして自らの暗い思考に結論が付いたこと。それらの反れた思考が、ガイが当初懸念して

いた、ルークの成長の仕方の不可解さを彼の頭から忘却させてしまっていた。

だがこの後、彼は嫌でもそれを思い出すこととなる。















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2007.12.31