こんな筈では無かった。こんなことを目論んだ訳では無かった。



だが本当は望んでいた。









その瞳に自分を映して欲しいと。





砂漠に咲いた花 2





「最近、ルークお嬢様の体調が芳しくない。ガイ。ベルケントから主治医が到着するまで、今日から暫くの間看病に当たりなさい。」





ルークが幼い時から傍に在り、教育係兼世話係の一人だったガイが、この屋敷の執事ラムダスからそう仰せ使わったのは、今朝だった。

それに最近、ルークの英才教育が中断されていた故を知る。体の調子が思わしく無かったのだ。

ルークは母親に似たのか、体があまり丈夫で無い。

幼い頃は小さな病が命に関わる事もあった。成長するにつれ、改善に向かっていたがそれでも常人よりも体力が劣っていた。

ガイは不安を掻き立てられる。やっと手に入れた温もりが失われてしまうのでは無いかと。



嫌だ。



そんな事はさせないと、胸に強い想いを秘め、歩を強く進めた。





だが昨日までルークの看病をしていたメイドから、病状の引継ぎを受けた瞬間、ガイはその心配が杞憂だったようだと悟る。

それは確信に近い。

(まさか…でも多分十中八九…)

ガイは心内で呟くと、病の症状を話してくれた昨日までルークの世話に当たっていた、メイドの心配そうに歪んだ顔に大丈夫だよと気

遣いの言葉と礼を述べ、其の場をあとにした。



ガイが初めてルークに想いを告げ、ルークと身を結んだのは三ヶ月前だ。

もしそうなっているのならば、その兆候が見られるようになるのはもうそろそろだ。

ルーク付のメイドはまだ年若いせいか、その体調の変化がその兆候に相当するものだと思い当たって無いようだった。

医師が来る前に、公爵に報告される前に手を打たなければ、とガイは思考しながら彼女の待つ鳥篭の部屋に向かった。

















「ルーク様、失礼します」

「ガイ!!」

控えめなノックをした後、ガイは部屋に入った。

途端、色の白い華奢な少女が胸に飛び込んで来た。

同時に首に腕を回してくる。

ガイは躊躇わず抱き上げると、そのまま先程までルークが横になっていたと見られる、少し乱れたベッドに一緒に腰掛けた。

「どうした?体の具合はどうだ?」

ガイは膝の上のルークの体を自分の正面に向かわせながら問うた。

小さな体が震える。

「話してごらん?」

「っつ………」

症状の説明を促すように無骨で大きな剣士の手で彼女の頬を包んだ。

それにルークは僅かに声を零し、水を孕んで潤んだ緑眼をガイに向けた。

ガイは先を紡がせる為に優しく朱の絹糸の髪を梳いた。

「なん…か、体がだるくて…」

「うん」

「吐き気がして…」

「うん」

「何にも、食べる気がしな、くて…」

「うん」

「ずっと…微熱が、あって……」

「うん」

「何だか…落ち着かないんだ…」

「うん」

ルークのたどたどしい告白に、ガイは自分の予測が正しいのだろうという確信を得ていく。

「あと、月のモノが無い?」

「…!!っ……………、うん」

決め手となるであろう問いをガイが発すると、ルークは益々顔を朱に染め、蚊の鳴く様な声で肯定の言葉を紡いだ。

そして誰にも言っていないのにどうして知ってるの?と視線で語って来る。

それに曖昧な、しかし至福を含んだ笑みを返した。

ガイの笑みにルークはや<や不安から緊張を解く。

が、今度は疑問を浮かべているようだった。

ガイは意を決して言葉を紡いだ。









「ルーク、ありがとう」

「ガイ?」

礼の意味が理解出来ていないルークは更に疑問を深め、首を傾ける。

そのルークの幼い仕草にガイは苦笑した。

そういえばそれについての教育をルークは殆んど受けていない。

おそらくその知識は十歳児より少ないだろう。

今更ながら罪なことしたと思う。

正に体は大人なのに知識は子供、だ。

だが彼女は喜ぶだろうと、今はまだ薄い腹に手を這わし、優しく包みこみ続く言葉を発した。

「ここに、お腹の中に俺とルークの繋がりが…、子供がいるんだよ」

「えっ…」

ルークはガイが慈しんで撫でている、己の腹に視線を落とした。

そして次に顔を上げた時、目に映った光景にガイは顔を強張らせた。









「ル………ク……」

ルークは表情なく、その翡翠から止め処なく雫を零していた。

ガイは掠れた声で名を呼んだ。

ルークの反応はガイが予測したものと全く異なっていた。

ルークは未知なる事柄から不安になるだろう。

だけどきっと悦を持ってくれるとガイは信じていた。

だが現実はその期待から程遠い。

ルークは自分との繋がりを、胎の中の命を祝福していない。

ガイはそう自覚すると胸を押し潰される感覚を覚えた。

悲哀の感から呼吸が上手く出来無い。

身を結んだのは殆んど無理矢理にだった。

ルークの処女を奪った後、謝罪した時には謝らなくていいよ嬉しいからと言ってくれたが、

あれはやはり先に話した己の境遇に同情してのことだったのか。

何度も体を重ねたのは、想いが通じ合ってのことでは無かったのか。

ガイは己の苦い思考に打ちのめされた。

行き着いた答えに、絶望に近いものを感じて項垂れていたガイの頬に、不意に異なる体温が与えられる。

同時にルークの腹に添えられていた大きな手にも同じものが与えられた。

「…赤ちゃん?…いるの…?ここに、ガイの…赤ちゃんいるの?」

「えっ……?」

与えられた温もりと一緒に、上擦った愛しい人の声がガイの耳に届く。咄嗟に顔を上げると、潤んだ翠と蒼の瞳が交わる。

ガイの瞳に映ったルークの顔は、涙で濡れていたものの慈愛に満ちた表情を浮かべていた。それに顔と一緒に落ちていた手を今一度、

再びルークの頬に添え、滑り落ちる涙を拭った。







「うん…、そうだよ。ルークそこに、俺と愛し合った証が…子供がいるんだよ」

「…!!うん!あの…俺、こんな時どんな風にしたら良いか分かんなくて……あの…でも、でも…嬉しい」

状況の理解に遅れたガイが急いで、微笑みを添え肯定の言葉を愛を込めて紡ぐ。

それにルークは大輪の花が咲いた様な笑顔と自らの幸福を伝える。







(っ……堪らないな、本当…)









「ガイっ!!?」

あたふたと挙動不審な仕草をしながらも、何とか幸せをガイに伝えようとしているルークの様が可愛らし過ぎて、ガイは性急にルーク

を引き寄せ強く抱きしめた。

ガイの胸に頭を預ける形で抱きしめられているルークは苦しいよ、と締め付けに苦笑を零した。

「悪い、悪い…つい嬉しくて」

腕に籠めた力を緩めながら、一人善がりじゃ無いことがと付け加えると当たり前だろうと返って来る。ただそれだけの事に途轍もない悦を感じて。

「俺、ガイの家族に…なれたかな?」

「ルークはずっと俺の家族だよ。俺を受け入れてくれた唯一の人なんだから」

「うん…俺、ガイの家族!」

「『奥さん』だろ」

「!!…馬鹿。恥ずかしい………でも、……………………嬉しい」

頬を赤らめ、素直な応えを返してくれるルークが愛しくて、愛しくて。

それにこの上ない口付けを返した。

















あの日。あの全てを失った日、以来。

こんな日が来るなんて思わなかった。

でも本当は夢見ていた。

彼女に出会える事を。





もうこの幸福を手放す事は出来そうに無いから、もう一つは捨てることにした。









握り締めていた掌を開くと、足元にそれは下降し、砕け散って、消えた。
















拙い文章です。
お恥ずかしい。

2007.12.31