砂漠に咲いた花 3

暗い、限られた空間の中にガラス玉が宙吊られている。

どちらかを手に取ると一方が床に叩き付けられ、粉々になる仕組み。



それは、赤い、あかい。



どちらも同じ赤の筈なのに、双方異なる色彩を放っていた。

一方は、淀んだ暗い彩を。

一方は、眩しいのに柔らかく優しく、綺麗過ぎる彩を。



どちらも凄く大切だった。

だけど俺は知っていた。己がどちらをより強く望んでいるか、を。

でも、俺が欲していた方は俺が触れるには貴過ぎて。強い色の筈なのに、白に染められてしまうのではないかと思う程、儚くて。

それが怖くて。



だから俺は綺麗な赤を仕舞う事にした。頑丈な心の檻に。

開かないように鍵をかけ、それを暗闇の奥に放り投げた。

これでもう開くことは無い。



本当は壊した方が良かった事は解っていた。だけど、壊してしまったら自分がどうなるか理解していたから。

だからそうしなかった。





それが形を失くした瞬間。俺も、壊れてしまう―――――





砂漠に咲いた花 3







「ルーク様が十七歳の誕生日に正式になさるそうよ」

「素敵ねえ。今が華の侯爵のご子息様でしょ?家柄も、容姿も申し分なくて」

「本当にね。今日のお二人の立ち姿、とてもお似合いでしたね」

「しかも、こちらの方にお入りになって下さるそうよ。余程ルーク様のことを」

「昨年の舞踏会で、一目惚れですって」

「まあ、素敵。一年越しの想いなのですね」

今日はキムラスカ・ランバルディア王国公爵家、ファブレ公の長女ルーク嬢の十六歳の誕生日だった。

先程耳に入って来たのは何のことは無い。

そのルーク嬢の婚約話、メイドの噂だ。一年前の王主催の舞踏会の席でルークに一目惚れしたという侯爵子息が、

昨年から結婚を申し込んでおり、このルークの十六歳の誕生日に公爵から承諾を得て、来年の今日、正式に婚約する。

ただそれだけの事だ。



ただ、それだけの事なのに。







公爵家の住み込み使用人であるガイ・セシルは、応接室から運んで来た誕生祝賀会に使用した食器を厨房に乱暴に置くと、

そのままそこを後にした。

ガイ、と怒気を含んだメイド長の声が背後からしたが、今そんな事に構っている余裕は無かった。

裏庭まで歩を進めると、行き止まりの壁にぶつかる様に拳を叩き付けた。

「っつ……くそっ!!うっ、うぅ…ルーク…」

鈍い痛みが利き腕に広がる。だが涙はそれに流したのでは無い。ルークが誰かのものになる、

それに心が耐えられず精神の防衛の為に溢れ出してきたのだ。

ガイはルークが結婚を申し込まれていることはずっと前から知っていた。

だがそれにガイは危惧を特に感じていなかった。

ルークは体が弱い。

それを良く知る、分かり難いが娘を溺愛している父親がルークを嫁がせるわけが無いとガイは思っていたし、

今までもそうだった。

だが、侯爵子息のその人柄にファブレ公爵は承諾してしまったらしい。

只只悔しかった。

突然現れた男が、ルークを貰う権利を与えられるなんて。もう自分は六年も――――。



「―――!!」

そこまで思考し、ガイははっとした。

そして気付かされた。

自分が六年前、捨てた筈の鍵をとっくに見つけ出していた事を。

今正に、想いを閉ざした檻の鍵穴にそれを無意識に差し込んでいる状態に己があることを。

復讐を選んでおきながら、ずっと彼女を欲していたことを。

その想いはもう後戻り出来ないところまで来ている。僅かに残っている己の冷静な頭がそう分析した。


(もう復讐も、この気持ちも後戻り出来ない。なら――――)


屋敷の音が届かない、静寂が包む裏庭に一人の男が立っていた。

その瞳には、冷たい色と相反した熱く強い決意が宿っていた。

















まだ幼さの残る顔の持ち主が、その四肢を寝台の上に投げ出す形で横たえていた。

その思考は数時間前の出来事に囚われている。

(どうして…………?)

今日は御目出度い日、だったらしい。

前年の誕生祝賀会と同様に生誕の予言を詠まれた後、壇上に上がり、参堂した公爵の客に挨拶と礼の言葉を述べ下がる。

それで式での自分の役目は終わり、のはずだった。

しかし、今年は違っていた。







『遠方はるばる、我が娘ルークの生誕を祝う為に訪れてくれた皆様にこの場を持って公表したい事がございます』

自らの役を終えたと思い、壇上から退こうと背を向けたルークの腕を、父親であるファブレ公爵が掴んだ。

式の予定に記されていない展開にルークの顔に困惑の色が広がる。が、公爵はそれに構わず言葉を続ける。

『この度、我が公爵家長女ルークは、ゴールドバーク侯爵子息との婚約を結ぶ事となりました。』

ファブレ公爵がそう発すると、ルークが立っている位置とは反対側から整った容姿の一人の青年が壇上に上がって来る。

歳の頃は大体、ルークの最も親しい使用人と同じ位であろう。

だがルークにとってそんな事はどうでも良かったし、その青年の事など目に入って無かった。

『ち、父上……?』

『正式な婚約は来年の生誕日に交わす予定ですが、今日この場を持って先にこれを皆様にお披露目を致したしだいであります』

ルークの疑問を他所に公爵は淡々と言葉を綴っていく。困惑に、不意に上げた視線が僅かに赤みを含んだ焦げ茶と重なる。

それが自らを慈しむかの様に優しげに緩んだ。

己の父の賛辞が遠くに聞こえる。





(俺…このヒトとケッコンするんだ……)







頭が真っ白になった。





眩い金色と空の様に何処までも青々とした色彩が一瞬脳裏を掠めた後、重くなっていた瞼が自然に閉じた。

















いきなり過去に飛んじゃいました。悪い癖です。
侯爵&侯爵子息は適当です。こんな名前の人…いました?よね…

2008.1.3