どんな形であろうと、元々執着という、忠誠を誓う使えるべき主に抱くには適さない感情をルークに抱いていた。

それが、彼女が外界に放り出され、少しずつ世界を知り、罪を犯し、己が傷付けた世界の為に身を尽し、

やがては世界を愛するようになったルークの変動を目の当たりにして更なる変質を遂げたのだ。

ただえさえ好まれたものではなかった執着というものが、愛欲を孕む浅間しい独占欲へと。

彼女の世界への愛情が深くなる度に、其処に住む人々との関わりが増える度にそれは益々膨れ上がり

胸を締め付けるような感覚が身体に走る事が多くなるのを自覚していた。



あの箱庭のような、嘘で塗り固められた屋敷にあった七年間。

ルークの傍に一番在ったのは何時だって自分であったのに。

他者に向けられる翠碧石の視線が常に自分にあったらと願い、果ては彼女を取り巻く全てのものを憎く思うようになっていた。

自分だけを見ていて欲しい。ルークの心が、身体が欲しかった。

世間一般では其れらを欲する、この感情を恋だの愛だのと呼ぶのかもしれない。

だが、自分の此れはきっとそれには当てはまらなのだろう。

ガイにはそんな自覚があった。

恋というには純粋さがなく、愛というには憎しみが強すぎるからだ。

それでも、この想いに偽りはなく、主神に誓える覚悟があった。



だから、だから―――。



「ルークが…欲しいよ…」





男女の営みも知らず、平穏を願う彼女に、けして告げてはいけない言葉をあの時呟いてしまった。

それがもたらした結果が良かったのか、悪かったのか。

今の彼にも分らなかった。





Silent love 2





其の日も日常の光景があった。

外郭降下作業の為に各地を回り、人里離れた山地にルーク達は赴いていた。

パッセージリングの操作を終了し、遺跡から這い出てきた頃にはとうに西日の差し、辺りは夕焼けに染まっていた。

今から日暮れまでに下山することが難しいのは明らかである。

途中、移動手段である飛空挺アルビオールの作動不順もあり、予定が大幅に遅れた結果であった。

「仕方ありません。今日はこの辺りで野宿といきましょう」



夜間山道を行くことは大変な危険が伴う行為であるため、一行は少し開けた場に野営を張り一夜を過ごすという

ジェイドの意見に肯定を示し準備に取り掛かった。







「ガイ」



自分に当てられた仕事、つまりは火の確保の為に使用する小枝を拾い集めるという任のために

ガイは野営地より少し離れた木々生い茂る場所に赴いていた。

先日の嵐で打ち落されたのか、地面には本体である樹から離された乾いた枝が多く横たわっている。

それを黙々と拾っていた時に、そう不意にそう遠くない背後から自分の名を呼ぶ声を聞いた。

耳に馴染む、聞きなれた心地良い声。それに彼女が自分を追いかけて来てくれたという事実を知り、悦にガイは自然と笑みが零れた。

かさかさと落ち葉を踏み締めたことで鳴る音が、彼女の接近をガイに知らせる。

後ろを振り返り返事を返すと、案の定、間もなく現れたのは己が愛しむ少女、ルークの姿であった。

「どうしたんだ、ルーク?ティア達の手伝いは?」

「それがさ、水場が案外近くにあってさ。水の確保が終わったジェイドが調理の方手伝うから、俺にはガイの方に行ってこい、てさ」

なるほど。

ルークの料理は良く言えば革新的であり、悪く言えば食物と言えないものである。

人類史上最悪の料理とまで称される、ナタリアの其れとまではいかないが彼女も中々の腕前であるということだ。

当然、調理に立ち会えば他では味わえない、ある意味それなりの逸品が出来あがる。

普段でも其れを胃に収めるのは苦労を伴う事であるのに、遺跡を歩き回り疲れが溜っている今、

食せば天に召すユリア様に一歩近付く事は容易であろう。

それ程の腕前を持つルークを調理場から遠ざけたジェイドの采配に、この時ばかりはガイも感謝した。

なにより彼女と共に時間を過ごせる事は、純粋に嬉しかった。

思考を顔に出さぬようにしながら、傍に立ち、息を整えながら語られる事柄に彼女の好む優しい兄の笑みと

相づちの言葉をガイは返し、じゃあお願いしようかと二人で再び道を歩き始めた。







ひとりでもそう労の掛からぬ作業をふたりの手で行えば、あっという間に一晩暖を取るには充分な小枝を集めることが出来た。

積み上げられた燃料の山を前にし、自分が役に立てたという事実に顔を綻ばせるルークの髪を撫でながら感謝の言葉をガイは贈った。

褒められた事が余程嬉しかったのか、ルークは久々に甘え癖を発揮し、ガイの腕を取り身体に擦りよってきた。


(まいったな……)


無邪気なその態に、滑らかに流れる肩口までの髪に、悦に微笑むルークの様に愛おしさが零れる。

久々に訪れたふたりきりの時間という甘美な響きの刻と、意図せず身体が触れ合う距離にガイの心拍数が自然と上がる。

ルークに絡め取られた腕からは彼女の発する体温と、柔らかな膨らみの感触を感じた。

其れにもう少しこのままでいたいという欲が生まれる。

ふたりで行った事により、かなりの早さで課せられた仕事が終わった為、日が地平線に消えるまではまだ多少の時がある。


(まだ…時間、余裕があるよな…?)


「ルーク。この先少し行ったところに見せたいものがあるんだ」

この時を逃すのが惜しくなり、ガイはルークとふたりきりの時間を得る画策を行うことにした。

幼い彼女の好奇心を擽る言葉を意図的に吐き、それに釣られたルークは満面の笑みで頷きを返した。







「ここ、だよ」

「うわぁ!!……すげぇ…」

ガイがルークを連れて向かった所は、先程の場所から道を外れた本当に目と鼻の場所であった。

其処は眼前全ての視界が開けた海まで見渡せる崖の上。夕陽に照らされた木々は秋でもないのに葉を真っ赤に染め、

水面は紅い光を受け黄金に輝いている。まるで絵の様な世界が其処にあった。

以前の探索で見つけた絶景だった。

通常の道から外れたこの場所は、生い茂る木々に隠され、容易に見つかる場所ではない。

その為、他者が訪れることもまず無いであろう。つまりは、ふたりきりで過ごすにはもってこいの場所なのである。

案の定、ガイの思惑通り人が近づく気配は微塵も感じられなかった。

視線を少し下げれば、眼の前の情景に目を奪われ感動に頬を染めている愛しい少女がいる。

風が運ぶ彼女の甘い香りにガイは幸福を感じた。

「ルークに…ルークと一緒に見たかったんだ。綺麗だろ?」

「うん…。すごく、凄く綺麗だ!ガイ………ありがとう……」

翠碧石の瞳をガイに向け其の姿を捉えると、まだ素直に礼を言う事に慣れず照れるのか、ルークははにかみながらガイに礼を告げた。

心が満たされるのを感じながら、ガイは沈みゆく夕陽に再び目を向けたルークに魅入った。





この時までは確かに幸せだったのだ。



「世界って…本当に綺麗だな…。俺はこの世界を守りたいよ…」







彼女がこの言葉を口にするまでは。









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胸の内にある、その感情の名は。
2008.3.26