あの日の空の色・前


あの日の空の色・前



障気に汚染された鉱山の町を絶大な信頼を寄せていた人間に踊らされ、予言通りに崩落させた無垢なる子供はその一人で背負うには、

償うには重すぎる罪をその細腕に抱え立ち上がり歩き出した。

自身を得る為に。

そして彼女は変わった。誰もが認めるような人格に。

そして彼女を慕う人間が日に日にこの世界に増えつつあった。

愛しい彼女が認められ、敬われる。

それは七年間見守って来た自分としても嬉しいはずなのに、望んでいたはずなのにどんどん薄暗い感情が彼の心を占めていった。

終いには彼女が傲慢で我が儘なあの篭の中の鳥でいれば良かったのにとさえ思うようになった。あの時に、あの間にどうして自分し

か見えなくなるように、自分無しには生きられなくなるようにしてしまえば良かった。などという醜い感情が一日一日強くなっていった。

表面では彼女を、彼女の望むことを支援しながら。





それでも膨れ上がったその想いを押さえるのが難しくなり、七年間自分の心の奥底に押さえ込んでいた暗く薄汚い浅ましい感情が溢れ出

そうとしていた。

それでもガイは、優しい彼は耐えた。何度も何度も押さえ込んだ。この自分の想いを、欲望を無理矢理に押し付けることは愛しい彼女を

苦しめると知っていたから。ともすれば自分の大好きな彼女の笑顔を永遠に奪ってしまうことを知っていたから。

だからガイはこの想いに蓋をした。今までも、これからもずっと日の元に晒さないことを決意した。

そんなガイの努力によって、ルークの仕合わせは守られていた。でもその日々は当に綱渡りそのものだった。僅かな風で大きく揺さぶら

れ、脆く崩れ去ってしまうものであった。

それでも彼は―――――














センドビナーが魔界の泥の海に沈むことを防いだ後、ルーク達はオールドランド最古の町、ユリアシティに宿をとった。

今日は色んな事がありまさに世界中を飛び回り皆疲れ切っていたので、夕食後早々と解散し自分に宛がわれた部屋へと散っていった。

ガイに宛がわれたのはルークの隣の部屋だった。

真夜中過ぎ、ガイは壁に手を這わせ隣の部屋の主の気配を探りまだ起きていること確認すると部屋を出た。

隣の部屋の扉の前に立つと二回、間を開けてそれを叩いた。

その独特なノックの仕方に、中に居るこの部屋の主は訪問者を悟り、何の躊躇いもなく扉に近づき内開きのそれを開けた。

愛しい幼顔が現れる。その身には膝までの薄く白い夜着を一枚纏っているだけであった。その姿に脳内で凶悪な欲望が暴れ出す。

しかしガイはそれを表に出さず、必死に押さえ込み余所向けの表情を取り繕った。

「ガイ。…どうしたんだ?こんな時間に。何か急用か?」

「まあ、そんなとこだ。入ってもいいか?」

ルークの好きな笑顔をその端正な顔に貼り付け優しく語りかけた。

「ああ、いいぜ。」

彼らしくないはっきりしない態度にルークは一瞬不可解な表情を浮かべたものの、七年間の信頼で彼女は快くガイを招き入れた。

(…まったく、こんな時間に女の一人部屋に何の躊躇いも無く男を入れるなんて、無防備な…。育て方間違えたかな?………いや、

俺を男と意識してないだけか)

眼前にある小さく細い背を眺めながら、自分のかってな思考にガイは腹を立てた。めちゃくちゃにしてやりたい、という欲望に無理

矢理しているを蓋が疼き出す。

それにはっとし、すぐさま首を振り、背徳を含むその醜い想いを散らした。







「で、用事って何なんだ?」

自分の二面性に葛藤して苦しんでいる。そんなガイの様子に鈍いルークが気付くはずもなく、ベッドのサイドテーブルの上に置かれ

た抜き身の剣を鞘に収めながらルークはガイに尋ねる。今日も使い込んだそれをどうやら手入れしていたらしい。

「別に用って程じゃないんだが…。」

ガイは言葉を濁しながら寝台に音を立て座った。

そう、実は用など無かった。

ただ今日眠りに着く前に愛しい人の顔を見ておきたかっただけであった。しかしただえさえ子供で色恋沙汰に疎いルークが、そんな

ガイの淡い恋心を理解出来るはずもなく、気付くはずも無く。

親友のその言葉に、曖昧な態度にルークは不審げに形の良い眉を潜める。

「何だよ。さっき急用って言ってたじゃん。俺てっきりジェイドあたりからの伝言があるのかと思ったよ。」

彼女の口から別の男の名前が発せられる。ガイの胸に先の荒い鋭い棘が刺さる。

名前を言う、たったそれだけの事なのにガイは不快に感じ眉間を寄せる。

だがそれをルークに悟られぬよう、顔を伏せ誤魔化す言葉を紡いだ。

「いや、さ。今日は、いや昨日か。お前凄く頑張ったよな。それを褒めてやりたくて」

途端、ルークを纏う雰囲気が変わった。

顔を見なくても強張ったことが解る。首を巡らせて表情を伺うと、常人ならば無表情ともとれるが、付き合いの長いガイには解るルー

クの悲痛を含んだ苦い顔が空色の瞳に映った。

それに疑問を含んで彼女の名前を呼ぼうと口を開きかけると、先にルークのそれが言葉を発する。

「偉くなんか無いっ!!俺は偉くなんか無いんだっ!!たくさんの罪の無い人の命を奪って、のうのうと生きてる最低な奴なんだよ、

俺はっ!!」

朱く長い髪を振り乱し、自らを罵る言葉を吐くその様は当に卑屈そのものだった。

「ルークっ!!そんなこと――――」

その細い腕に自分のそれを伸ばし掴み取り、強く引き寄せる。ルークの軽い身体が寝台上に吸い込まれ、それがぎしりと乾いた音を

発てた。ガイはルークの上に逃げられないように跨って組み敷く形で見下ろし、彼女の発した悲痛な叫びを否定しようと口を開く。

「ルークっ!!お前自分のことをそんな風に責めてたのか!!自分で自分を罵ってどうするんだ!もっと周りを見ろよっ!お前のこ

とをそんな風に思っている人間が何処にいるんだ。その卑屈さいい加減に……」

「五月蠅い!五月蠅いっ!!皆が俺を嫌って無い?そんなことあるわけないだろっ!!俺は、あんな何万人もの命奪った後にその責

任を他人に押し付けようとした奴なんだぞっ!ガイ、間接的だけどお前の家族だって俺が奪ったみたいなもんなんだぞっ!!!頼む

から、優しくしないで…俺を肯定しないでっ………否定してくれよっ!」

「っ!ルークっ!!」

落下の速度を増すルークの悲痛な叫びに、痛々しいその姿に、ガイは耐えられなくなりそれ以上言葉を紡がせまいと、興奮して紅く

色付いた形の良い彼女の唇に噛みつくような口付けをした。

驚愕に彼女の目を見開くが構わず、更にこの行為を深くしようと熱い舌を薄く開いた口に差し入れた。歯列をなぞりそれを強引に割り、

上顎を舐め上げ口内の奥で縮こまっていたルークの舌を自らのそれで絡み取り吸い上げた。

彼女の頬に生理的な涙が伝っているのが見えたが、今離してやることは出来そうに無い。









やがて、静かな部屋にそこから漏れる水音が響き始めた。


















2007.12.31